はじめに
現在、COVID-19 (以下、新型コロナウイルス)が大流行し、世界中が大混乱に陥っています。
筆者は分子発生学の分野で博士学位(PhD)を取得した後、米国中西部の州立大学にて研究員として在籍し、どのような遺伝子が生物の成長に関与しているのか、日夜PCR法を用いて研究・解析を行っています。
世界中の人々が、私が普段接しているPCR法というマイナーな単語を知り、連日耳にする日が来るなんて、と驚いています。
生命科学を本格的に学んでいない方が大多数だと思うので、新型コロナウイルスの検査方法が”PCR(ピーシーアール)法”であるということをニュースで知っているものの、“PCRが一体何なのか”について知っている人は少ないかと思います。
そこで今回は、遺伝子解析を専門とする私がPCR法の“PCR”について簡単に説明するとともに、身近なウイルスであるインフルエンザの検査方法と比べることで、なぜPCR検査には時間がかかるのか?などについて解説していきたいと思います。
(注:筆者はウイルスの専門家ではありません。この記事はPCR検査について、筆者の意見を述べたものです。)
そもそも PCRって何?
PCRを一言で言うと、“遺伝子増幅実験“です。
Polymerase Chain Reactionの頭文字を取ったもので、和訳すると“核酸(DNAもしくはRNAのこと)合成酵素連鎖反応“となります。
PCRは生命科学の世界では基礎的な技術で、誰もが実行可能な技術です。
PCRはウイルス検出のためだけではなく、遺伝子組み換え技術や、遺伝病の研究のためにも使われています。
どんな器具を使ってPCR(遺伝子増幅実験)をしているの?
私が普段使用しているPCR検査のための道具の写真を載せます。
大きさをわかりやすくするために、上部にペンを置きました。
左の器具は96 well plateと言い、試薬や検体を入れる穴が96個あります。
右はピペットマンと言い、液体を正確に計量し96 well plateに入れることができるものです。ピペットマンを使って通常10~50マイクロリットルの液体を96 well plateの穴に一つずつ入れていきます。 (1マイクロリットル=1リットルの百万分の一)
PCRを用いて新型コロナウイルスの感染の有無を調べる方法
それでは、PCRを用いてどのように新型コロナウイルス感染の有無を調べるのか、解説していきます。
まず、インフルエンザの検査と同様に、新型コロナウイルスの感染箇所である鼻奥〜喉の細胞を採取する必要があります。皆さんの中にもインフルエンザの検査の時に長い綿棒を鼻に入れられるという経験をした方も多いと思いますが、あれはウイルスが感染しているであろう細胞を採取しているのです。
その後、鼻奥〜喉から採取した細胞液の中に新型コロナウイルスだけが持つ遺伝子が存在しているかどうか、PCR技術によってウイルスだけが持つ遺伝子を増幅します。
もしその遺伝子が検出されたらその人はウイルス陽性の患者となります。
インフルエンザはPCRで検出していない
次にインフルエンザの検査方法ですが、インフルエンザはPCRでは検出しておらず、イムノクロマト法という技術を用いて検出を行っています。
これを一言で説明すると”タンパク質検出実験“です。
インフルエンザの場合、まず鼻の奥から細胞を取り出し、採取した細胞液を試験紙にふりかけます。
この試験紙には、インフルエンザウイルスだけに結合する抗体が染み込ませてあり、もしインフルエンザウイルスが鼻奥から採取した細胞液中に存在していたら試験紙の抗体と結合し、色付くようになっています。
インフルエンザ検査キットについて
- 右の穴から細胞液を注入します。
- Cの位置に線が出ていることの確認 (コントロールバンド。ここにヒトの細胞由来のタンパク質が検出されます。もしこの線が出ていなかったら上手く細胞が回収できていないということになります。)
- 線がBの位置にある→B型インフルエンザ陽性
線がAの位置にある→A型インフルエンザ陽性
線がない (Cのみ)→インフルエンザ陰性
なぜ新型コロナウイルスの感染検査にはPCR法を用いるの?
PCR法での検査には最低でも4-5時間はかかります。しかし、イムノクロマト法は10-20分で検査が終了します。検査にかかる時間の差は医者や検査技師の技術の問題ではなく、実験原理の問題です。
ここでシンプルな疑問が湧きます。なぜ新型コロナウイルスもインフルエンザと同様にイムノクロマト法を用いないのでしょうか?
新型コロナウイルスの検査にイムノクロマト法が用いられないのは、新型コロナウイルスに関して判明していることが少ないこと、検査に必要な抗体が作られていないことなどが原因として挙げられます。
ただ、現在世界中で新型コロナウイルスの抗体やワクチンの開発が行われているため、近い将来検査技術がPCR法からイムノクロマト法に変わる日も来るかもしれません。
新型コロナウイルスの検査方法がPCR法からイムノクロマト法に以降されると、インフルエンザの検査と同様、比較的早い時間で感染の有無を判断出来るようになるでしょう。
新型ウイルスの簡易検査キットを個人で使用した際の結果の正確性
報道を見ていると在宅中に個人で検査できるキットをと普及させるべきだという話がありますが、私個人としては、個人での検査はやはり難しいのではないかと思います。
その理由は、病院で鼻の奥の細胞を採取するために綿棒を入れる、あの作業を個人で行うのは危険だと思うからです。検体の採取には痛みが伴い、大人でも検査の際には覚悟を有するあの作業を、個人で行うことは難しいのではないでしょうか。
新型コロナウイルスは鼻の奥に感染しているので、もし怖がって綿棒を手前で止めてしまうと、ウイルスが感染していない細胞のみを採取してしまい、結果はウイルス陰性となってしまいます。
そして、陰性と知った患者は安心して外出してしまい、更なる感染クラスターを生んでしまうという可能性もあるので、安易に検査キットを広めるのはどうかなと考えています。
最後に
PCR法とは特定のウイルスのみが持つ遺伝子を増幅させることによって、患者が新型コロナウイルスに感染しているかどうかを検査することが可能な検査方法です。しかし、遺伝子を増幅させるという実験原理のために、通常のウイルス検査よりも多くの時間が必要となります。
自分は大丈夫だろう、という気持ちが世界を混乱させています。
深刻な事態を避けるためにも、もし発熱や咳がある場合はなるべく人との接触を避け自宅療養をし、数日間も発熱などの症状が続いたり、症状が重くなってきたりするようならば、保健所に電話相談の上でPCR検査を行うのが良いと私は個人的に考えています。
仕事や家事、その他の関係上どうしても外出しなくてはならないという場合を除いて外出を極力避け、マスクの着用や手洗いうがいを徹底することが新型コロナウイルスから身を守ることに繋がるのです。
新型コロナウイルスは恐るべき感染力の高さを持ち、新型コロナウイルスに罹ってしまう人が短時間で急激に増えてしまいます。そのことによる医療機関の崩壊が懸念されていることは皆さんも連日の報道でご存知のことでしょう。
大切な人を守るためにも、不要不急の外出を控えたり、どうしても外出しなければならない場合には他人と適切な距離を保つ、よく触る場所(ドアノブ、机表面など)を中心に1日1回は家庭用除菌スプレー(アルコールや次亜塩素酸が含まれる製品で)などで拭く(PR:希釈せずにそのまま使える次亜塩素酸水、除菌水ジーア)など、自分に出来ることを行っていきましょう。