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  • コラム
  • 姫野桂
  • 2020年6月4日

機能不全家族で育った人へ 新しい家族の形とは

機能不全家族で育った人は、自分の家庭がおかしいことに気づきづらい

「あなたはどんな家庭で育ちましたか?」そう問われて即答できる人は少ないのではないでしょうか。そのくらい、家族というものは身近でありながらとてもデリケートな存在で、その形態も様々です。

先日、機能不全家族で育った作家の小林エリコさんが『家族、捨ててもいいですか?~一緒に生きていく人は自分で決める』(大和書房)を刊行しました。「家族を捨てる」という一瞬ドキッとするようなワード。章ごとに家族との関係性や思い出が綴ってあり、途中休憩しながら読まないと胸につかえてしまうほど壮絶な章もありました。

機能不全家族で育って傷ついてきた人たちの中には家族からひどい暴力や暴言、否定されるなどしてきて、家族と縁を切りたい人もいるはずです。そもそも機能不全家族で育った人たちは、家族からの暴力や暴言が当たり前過ぎて、それが他の家族と違うこと、おかしいことに気づくのはだいぶ成長してからです。

小林さんは進学したかった美大に行かせてもらえず、兄からは暴言を吐かれ、父親からは映画や本などの文化的資産の影響を受けたものの、父親は浮気をしており、決して良い父親とは言えない家庭で育ちました。それ故、「自分は結婚したくない」と早い時期から望んでいたそうです。

「家族」の中で「価値観」が育っていく

私自身はどうかと考えると、やりたい習い事は全てさせてもらい、大学も希望する学部に行かせてもらい、そこそこの生活をさせてもらっていたと思います。しかし、一人っ子だからわがままだと思われたくなくて本音が言えなかったり、習い事も親を喜ばせたくてやっていました。

そして何より親の過干渉がずっと私の生きづらさに繋がっていました。

恵まれた家庭と思われそうですが、これが私にとってはなかなか窮屈だったのです。私は思春期にグレたかったけれどちょっとずれた愛情と、学校の先生の子ども(母親が養護教諭です)は良い子にしていないといけないというプレッシャーからグレることができず、心の中には膿が溜まっていきました。その膿を絞り出すかのようにリストカットをしていた時期もありました。

けれど親に対して全て嫌な思いがあるかというと違います。文化的資産に飛んだ家庭だったので、それが今の仕事に繋がったと思っています。

それと、国語や作文はよくできたので、そこに関しては褒めてもらえました。小林さんは得意な絵で賞を取っても一度も褒めてもらったことがないそうです。そう思うと、うちは過干渉タイプだけど機能不全家族とは言い切れないような気がします。このように、簡単に「家族」を言語化することはできません。

先程私は「文化的資産のある家庭だった」と述べましたが、小林さんもお父様から映画館に連れて行かれ、映画の影響を大いに受けたそうです。しかし、その中には残虐なものや性的な作品もあり、それを子どもに見せることは性的虐待なのではないかと感じられる作品も含まれていました。それは別として、現在は作家として活躍している小林さんを成形したのはお父様から多くの映画や本を与えられたことが関係していると思われます。

一つ言えるのは、家族にはいろんな種類があり、その家族の中でその人の価値観が育っていくことです。

機能不全家族と聞き、さらに思い出したのは、宗教法人「幸福の科学」の創始者兼総裁・大川隆法氏の長男、大川宏洋さんのことです。彼も先日『幸福の科学との訣別 私の父は大川隆法だった』(文藝春秋)という本を刊行しました。

その中には小さい頃から暴力や暴言は当たり前、秘書がついており秘書に勉強を見てもらい、秘書からも暴力を受けていたことを明かしました。また、宏洋さんは自身のYouTubeチャンネルでも秘書に鉛筆を刺され、今でも手に鉛筆の芯が残っていること、小さい頃から暴言を吐かれまくっているのでネット上で誹謗中傷されても何とも思わないメンタルになったことを語っていました。

彼もまた、かなり変わった「家族」の中で育ち、彼なりの価値観が育ったのでしょう。ちなみに小林さんはお父さんと10年会っておらず、宏洋さんは両親と絶縁状態とのことです。(しかも宏洋さんは実の父親から訴えられています) 

機能不全家族の不幸の連鎖を止めるには

誰かと結婚して家族になるということはお互いの価値観を認め合うことでもあります。私は一人暮らし期間が長すぎて、もう誰かと一緒に住める気がしないので、別居婚でたまに会う関係がいいなと思っていることもあります。良いとこどりなので、なかなかこの結婚方式を受け入れてくれる相手は少ないとは思いますが……。そしてこれは、相手と価値観が合わない場合の逃げにも繋がっていると我ながら情けなく思います。

私が小さい頃、両親には喧嘩が絶えませんでした。しかし今は年のせいかお互い丸くなり、週末は二人で仲良くピクニックや登山に出かけています。なんでいきなり仲良くなったんだろうと思って母に訪ねたところ「この人はこういう人なんだと割り切るようにした」からだそうです。

そんな二人の姿を見ると、結婚も悪くないのかも……と思ってしまいますが、私自身はまっとうな結婚生活を送れる自信がありません。母からも「あなたに(結婚後の)親戚付き合いなんて絶対できない」と決めつけられています。

それに自分自身、恋愛が苦手でつい感情的になって相手を傷つけてしまうこともあり、恋愛から結婚へシフトするのが難しい気がします。誰か私自身のインナーチャイルド(心理学用語で自分の中の子ども)を慰めてくれる人に出会えれば変われるかもしれないと思う日もありますが、それはただのワガママでしょう。そんな素敵な人は自分で探しにいかないといけません。が、今の私にはそんな精神的体力が欠如しています。

時が経ったり世間が変われば何かしら結婚・家族の形に変化はあるのかもしれませんが今のところ、日本は結婚したら籍を入れて女性が男性側の名字に変え、一緒に住むことがスタンダードです。でも、最近は周りでもちらほら事実婚の夫婦が増えてきました。知人で仕事の関係ですが、別居婚を選択した人もいます。

毒親に育てられた人、機能不全家族で育った人は自分が家族を持つことに抵抗のある人もいると思います。でも、無理に「一般的な家族の形」にとらわれる必要はないのではないでしょうか。事実婚もありですし、別居婚もありです。

一番怖いのは機能不全家族の連鎖です。

自分が暴言を吐かれる環境で育ったから自分もパートナーや子どもに対して暴言を吐いたり暴力を振るってしまう。暴力や暴言が普通の家庭で育ったのでそれが「普通の家族」と思い込んでいるのです。その連鎖を止めて生きやすくなるために、もっと新しい家族の形が増えて、それが受け入れられる社会になっていくことを望みます。

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