こんにちは、わたほんライターの長谷部さちこです。今回ご紹介する1冊は稲垣えみ子さんの『人生はどこでもドア: リヨンの14日間』です。この本は日本語しか話すことの出来ない著者、稲垣さんが単身でフランスのリヨンにて2週間生活する様子を描いた旅エッセイです。
「海外で暮らすことが長年の夢だった」という稲垣さん。言葉の通じない世界で稲垣さんは無事に素敵な海外居住ライフを送ることが出来るのでしょうか?
旅の一部始終と共に、自分の好きなことをきちんと理解することの大切さや、暮らす場所は違えど、人の優しさや人を思う暖かさは国境を超えて必ず伝わる、という点についてご紹介していこうと思います。また、暮らす場所は違えど、人の優しさや人を思う暖かさは国境を超えて必ず伝わるという点に関してSDGsの取り組みにも通じることがあると感じましたのでぜひ読んでみて下さい。
そうだ、リヨンに行こう
著者の稲垣さんがリヨンへ行こうと決めたのは長年の夢を叶えたい!と強く思ったからでした。稲垣さんが長年抱いていた夢とは「海外で暮らすこと」でした。
海外で暮らすためには最低限の語学の習得が必要であると考えた稲垣さん。語学留学も視野に入れますが仕事に追われているような生活が続き、まとまった時間を捻出することが難しく、憧れの海外暮らしもいつしか遠い存在に。しかし、夢は諦められません。
ここで発想の転換が生まれます。
「ちゃんと準備しよう」などと考えるからいつまで経っても旅立てないのだと。準備をしないことこそが憧れの海外暮らしのカギになるのだと稲垣さんは思いつくのです。
そうと思い立ったらすぐ行動。5分後には航空券を手配していたというから驚きです。
旅の目的は「生活する」こと
私がこの本にグイッと引き込まれた1つの理由が、実は海外生活を夢見る稲垣さん、大の旅行好きかと思いきや「旅が苦手、疲れる」という印象を抱いているという点でした。
私もこれまでに上海、バリ、グアム、台湾と海外に行った経験がありますが、とてもバカンス!と言えるものではなくガイドブックをなぞったようなコースを廻り、とりあえず有名なお土産を買って帰宅。そして帰宅後は旅疲れで1週間くらいは魂が抜けたようにフラフラと生活し、次第に現実世界に戻るという具合でした。
確かに旅行は楽しいですし、ワクワクします。しかし、ワクワクが疲弊に変わってしまうのはどうして?というこの疑問の答えをこの本は教えてくれました。
私は例えばパリへ行ったら、ルーブルとかオルセーとか当然のようにせっせと行っていたわけですが、そもそも日本では美術館なんてほとんど行くこともない、いや行こうともしていない。
そんな人間がたまたまパリへ来たからと突然そんな場所にノコノコ出かけたところで、面白くなくて当然じゃないの?
つまり私は本当に心からルーブルに行きたかったかっていうと実はそんなことなくて、ただパリに行ったら有名なルーブルに行けとガイドブックに書いてあったから行っただけなんだよね。
この言葉に全ての私の疑問に対する答えは書かれていました。
私の興味あることが何かも分からないまま世界へ飛び出し、日本との違いを見つけて楽しむということもせず、世間一般の「これを見ておけばとりあえずOK」にただ乗っかっているだけ。それがどう良いのかなんて当然分かるはずはないでしょう。
日本では普段しないことを異国の地でやって、疲れないわけが有りません。
そのことに著者の稲垣さんは気付き、いつも日本で力を入れていることはなんだろうと考えた結果「生活」というところに行き着くのです。そう、日本から9,800km離れたフランスのリヨンで稲垣さんは「生活」をし、「生活」を楽しもうと決めたのです。
あなたは日本での日常の中で興味を惹かれ、ついつい夢中になってしまうものは有りますか?あなたの趣味・嗜好の中で世界との違いを楽しむ、海外の文化や風習を学びたいと思うものは何がありますか?考えてみましょう。
襲いかかる数々のアクシデント
そんなこんなで無事に?リヨンに到着した稲垣さん。
しかし、頼りの綱とも言えるWi-Fiがうまく接続されなかったり、持ってきた電源アダプターがコンセントに刺さらず電源が確保出来なかったりと次々に様々なアクシデントが彼女を襲います。
そして、やはり最大の問題は「言葉の壁」でした。
家の近くにマルシェが立ち並び、そこで買い物をしながら「いつもながらの生活」をしていくことを旅の目標としていた彼女にとって「言葉が通じない」というのはとてつもなく大きなハードルとなったのです。
我々読者は幾度となく襲いかかるアクシデントにも果敢に挑み、乗り越えていく著者の姿に、自分だったらどうするかな?と考えるのと同時に、「頑張れ」と手に汗握りながら応援してしまいます。
言葉以上に大切なもの
初日のマルシェでの買い物は欲しいものを指差し、お金を渡すことでなんとか事は足りました。
しかし、稲垣さんが本当に目指した姿は「物とお金をやりとりする」だけではなく「人と人のコミュニケーションを図る」こと、もっと言うと「あの人がいるから買いにいこう」「あの人は今日は買いに来てくれるかな?」という心のやりとりでした。
マルシェで食品を買い、自炊をしている。生命の存続に必要な活動は行っています。しかしどうしても、誰かに必要とされる、誰かに存在を認めてもらっている、という体験を得ることができず、夢にまで見た海外生活を送っているのに心が明るくなることはなかったとその当時の本心が本書に綴られています。
稲垣さんはそんな状況を打破すべく試行錯誤を始めます。
そして彼女が見つけた言葉が通じなくともコミュニケーションを取るための方法とは、相手が喜ぶことをするという本当に基本的なことでした。例えば道を譲る、分からないなりにも何か話してみる(コミュニケーションを取ろうとする姿勢を見せる)、細かいお金ははおつりが出ないように揃えて支払うなど、どれも本当に簡単で初歩的なこと。
しかし、これらのことを実践していくに従い、明らかに風向きが変わってきたと稲垣さんは述べています。これは何も外国だけで通用することではなく、我々が生活する日本、社会、そして家庭の中でも十分にその力を発揮してくれることではないでしょうか。
ここで大切なことは「相手が喜ぶことをする」とは言いますが、自分の気持ちを押し殺してまで相手の気持ちを優先するのではなく、あくまで「私とあなた」それぞれの存在を対等と認めた上で相手に喜んでもらうというのが大事な点です。
普段の日常、ちょっと立ち止まってあの人の笑顔を引き出すための一手をぜひあなたも考えてみませんか?
海外暮らしとSDGs
SDGsが目指す17の目標の中に「5:ジェンダー平等を実現しよう」「10:人や国の不平等をなくそう」という項目があります。これらの項目は我々個人の意識次第で変えられるものだと私は考えています。
住んでいる地域、言語、そして性別は異なりますが地球上に住む我々は皆、同じ人間です。人は誰しもその人だけの力で生きていくことは出来ません。必ず誰か他の人が居て、その人との関係があるからこそ生きていけるのです。
そのことを著者は普段から感じていたからこそ、「ただそこにいる」だけの関係から「あなたがいてくれて、あなたも私も嬉しい」の関係を目指したのではないでしょうか。目の前にいる人に対して何が出来るか考えること、目の前の相手を笑顔にしようと試みること。そんな小さな個人の試みが引いてはジェンダーの平等、そして人や国の不平等に繋がると私は考えています。
言葉が通じなくとも、想いは伝わります。
言葉や風習、性別の壁を越えて相手が持つ優しい気持ちを感じた時に、私たちは「あの人は○○だからきっと○○だ、という」偏った意識を無意識に抱いていることに気付くこともあるでしょう。
目の前の相手に真摯に向き合うことによって、お互いに少しずつ意識を変えて行けたら世界はもっと優しく、あたたかくなるのではないでしょうか。
憧れの海外暮らしの世界が本の中に
この本は稲垣さんがリヨンに降り立ってからの14日が事細かく記録されています。マルシェで買った珍しい野菜のこと、美味しいパン屋さんのこと、フランス人のお洒落についての考察、稲垣さんが実際に作った素敵な料理などなど。
読んでいるだけで海外・リヨンにいるかのような気分にさせてくれます。
海外に住むという経験をしたことがないあなたもこの本を読めばきっとどこかに足を運びたくなることでしょう。ちょっとの勇気とたくさんの笑顔を携え、さぁ出かけましょう!