読者のみなさんこんにちは。わたほんライターののいです。
今日は私の好きな1冊、「茨木のり子詩集 (岩波文庫)」についてご紹介したいと思います。女性が書く、女性としての生き方を表す詩を読んでいたら、SDGsの「ジェンダー平等を実現しよう」という目標に通じる部分があると感じました。
ぜひ一緒にフェミニズムの問題について考えてもらえたら嬉しいです。
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詩人、茨木のり子とは?
(画像引用:http://jyajyankayy.blog.fc2.com/blog-entry-185.html)
茨木のり子さんは、1926年に大阪にて生まれた日本の詩人です。(2006年死去)高校卒業後に上京し、帝国女子医学・薬学・理学専門学校(現在の東邦大学)薬学部に入学しました。第二次世界大戦を生き抜き19歳の時に終戦を迎え、その後詩を発表し始めました。27歳の頃に創刊した同人誌「櫂(かい)」からは谷川俊太郎をはじめ、多くの有名な詩人を世に輩出して来ました。
茨木さんは「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」「倚りかからず(よりかからず)」など、多くの素晴らしい詩を残しています。
茨木のり子さんの詩を読むとき一番印象に残るのが、感性のまっすぐさ、そして正直さです。
”H2Oという記号を覚えているからといって
水の性格 本質を知っていることにはならないのだ”「知」より
「あなたは本当にそれを知っているのか。知ったつもりになって天狗になっているだけではないのか。本当に本質を見ているのか。本当に?」と常に問うてくるような言葉たちが茨木さんの詩に並んでいます。
飾った言葉を使わず、まっすぐに人の心に突き刺さる言葉を読むと、心に栄養を得たような気持ちになり、「しっかり生きよう」と思わされます。
茨木さんは49歳の時に夫を亡くし、その後ずっと一人で暮らしてきました。亡くなる時も一人で亡くなり、2日後に訪ねてきた親戚の方に亡骸を発見されたそうですが、生前に書いていたという遺書が茨木さんのお人柄を反映していると感じました。
このたび私、 年 月 日 にて
この世におさらばすることになりました。
これは生前に書き置くものです。
私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。
この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品は
お花を含め、一切お送りくださいませんように。
返送の無礼を重ねるだけと存じますので。「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬
思い出してくだされば、それで十分でございます。
あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかな
おつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸に
しまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かに
して下さいましたことか・・・。深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に
代えさせて頂きます。ありがとうございました。
年 月 日
「『あの人も逝ったか』と一瞬、たったの一瞬思い出して下されば、それで十分でございます。」
この巧みな言葉使い、そして上品さに思わず息をのみました。「一瞬」という刹那を表す言葉を二度重ね、そのあとに「十分」と大きな数の言葉を置くことで、「一瞬」という言葉の重みが増しているように思います。
この短い遺書を読むだけで、茨木さんのきっぱりとしたお人柄が透けて見えるように感じられませんか?あなたは最後にどんな言葉を残したいですか?考えてみましょう。(仏壇・仏具のふたきや)
フェミニズムと茨木のり子
SDGSの目標の中には「5、ジェンダー平等を実現しよう」がうたわれています。
日本の男女格差は世界的に見たとき、まだまだ平等であると胸を張って言えるような状況ではありません。世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数」で日本は153国中、121位と、過去最低の順位になりました。これは深刻な問題ではないでしょうか。女性がうまく活動の場を持てなという事実は、女性だけの問題ではなく、男性の問題でもあり、社会全体の問題であると私は思っています。
わたしは女性ですが、日本において生きにくいと感じる部分がないとは言えません。そして女性としてこれまで生きてきた故に、自分の中に無意識に根付いたジェンダー差別を感じる時があります。
例えば、私は学校の入学式で女性の学長を見たときにびっくりしたことがあります。「権力のある人」「組織のトップ」と聞いたときに頭にイメージとして浮かぶのは男性であり、そのイメージに女性は該当しないというイメージを自分自身が持っていることに驚きました。
また、食事の際に率先してサラダを取り分けることを「女子力が高い」などと表現されていたことが記憶にある人も多いのではないでしょうか。サラダを取り分けるのは女性がやらなければいけないことではなく、サラダを取り分けてくれる男性だっているのに、あたかもサラダを率先して取り分けることが女性としての基本作法として表現されているように感じます。
日本のジェンダーギャップを解消するためには、男性も女性も、自分の中にジェンダー差別があることを認め、小さなものから一つずつ、更新していく必要があります。
茨木のり子さんの詩の中に、女性の生き方を取り扱ったものが多くあります。
”女のひとのやさしさは
長く世界の潤滑油であったけれど
それがなにを生んできたというのだろう?””女がひとり頬杖をついて
慣れない煙草をぷかぷかふかし
ちっぽけな自分の巣と
蜂の巣をつついたような世界の闇を
行ったり来たりしながら
怒るときと許すときのタイミングが
うまく計れないことについて
まったく途方にくれていた
それを教えてくれるのは
物わかりのいい伯母様でも
深遠な本でも
黴の生えた歴史でもない
たったひとつわかっているのは
自分でそれを発見しなければならない
ということだった”「怒るときと許すとき」より
この言葉の新鮮さは時代を超えてきます。「女のひとのやさしさ」だけでは回らない世界の中で、自分が自分の「怒るとき、許すとき」を発見していかなければいけないのです。自分の感性に敏感でなければ、差別が存在していることにすら気づけない。それが鮮やかな「詩」という形で見事に表現されています。
ジェンダーギャップについて、たくさんの問題を抱えたままの社会ですが、希望もあります。
先日2020年3月3日の通常国会で、小池晃議員が#kutoo について質問する場面がありました。
#kutooとは女性がヒールのついた靴やパンプスの着用を職場で義務付けされることを廃止したい、という運動です。女性である私からすると靴ぐらい好きにさせて、と思いますが、国会で議論されないとその本当の意味や女性が抱える苦痛が男性には響かないんだと感じました。
この討議では安倍首相が「職場の服装について、単に苦痛を強いる、合理性を欠くルールを女性のみに強いることがあってはならない。」と、#kutooをサポートする答弁をしました。
たかが靴、されど靴。大きな進歩だと思います。「ヒールを履かなくてもいいんじゃないか」という主張を、発見するということ。そういう一歩は偉大です。今後#kutoo運動が広く世に広まり、勤務中に履く靴が自由になっていくといいなと思います。
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結局は自分で考えるしかない、ということ
茨木のり子さんの最も有名な詩に、「自分の感受性くらい」があります。
“ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ”「自分の感受性くらい」
私はこの詩が大好きです。心が乾く瞬間、誰かのせいにしたくなる瞬間、イライラした瞬間、この詩のことを思い出して自分に「ばかものよ」とカツを入れています。そうすることで少しだけ尊厳を保てる気がするのです。
SDGSは2015年に国連サミットで採択され、国連加盟193か国が15年間で達成するために掲げられた目標です。
193ヶ国あれば、193国分の問題があり、それぞれの解決方法があります。見よう見まねではすまないことも多いでしょう。私たち1人ひとりが自分を見つめ、知り、「時代のせいにせず」に社会課題に対する志をもつ必要があるのだと思います。折れずにそれを持ち続けることがひいては「自分の感受性」つまりは自分を守ることにつながるのでしょう。
おわりに
茨木のり子さんの残した詩は、今も時代を超えてきらめいています。自分の感性を研ぎ澄ませ、身の回りの小さな問題を解決していくことで、世界はゆっくりと、でも確実に変化していくのだと思います。
どうぞ詩集を手に取って、ご一読ください。