パラリンアートホームページはこちらをクリックください。

既存のパラリンアートHPはこちら

column

  • コラム
  • わたほん
  • 2020年3月18日

【SDGs×読書】世界への姿勢として「デザイン」を捉えたら、希望が見えてきた

こんにちは、わたほんライターのせらまよです。今回は姿勢としてのデザイン:「デザイン」が変革の主体となるとき』をご紹介したいと思います。

「デザイン」という言葉には、どんな意味があると思いますか? 製品の見た目を考えることでしょうか? それとも、何かを設計することでしょうか。なんとなく「デザイン」という言葉のイメージは出来ても、明確に定義しようとすると難しいかもしれません。『姿勢としてのデザイン 「デザイン」が変革の主体となるとき』を著したデザイン評論家のアリス・ローソーンは、「デザイン」に「社会に対する姿勢」としての一面を見出します。そして「姿勢としてのデザイン」こそが、現代社会において求められていると述べています。

では、その「姿勢としてのデザイン」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。今回は著者の考えや実際の事例を確認しながら、「デザイナー」ではない私達が学べることはないか? というところまで考えてみたいと思います。

「デザイン」は変革の主体である

『いくつもの顔を持つデザインだが、それは一貫して「世の中に起こるあらゆる変化――社会、政治、経済、科学、技術、文化、環境、その他――が人々にとってマイナスではなくプラスに働くように翻訳する《変革の主体》としての役割」を担ってきた』

著者のアリス・ローソーンは、「デザイン」をこのように定義しました。

この意味でのデザインは、「デザイン」という言葉が生まれるずっと前から行われてきました。この本で取り扱われるデザインとは、目の前の重要な問題を解決し、無から有を生み出そうとする姿勢です。ですから、有史以前に枝や石で農具を作ったり粘土で器を作ったりした人も、古代エジプトでピラミッド事業を手掛けた人も、中国で国家統一のために武器の見た目を統一しようと考えた人も、みんな変革の主体者であるデザイナーだと言えるのです。

産業革命期以降、デザインが単なる「商業の道具」とみなされたこともありました。この時デザイナーは、環境や倫理的な影響を考慮せず、クライアントの要求や実際的な制約に阻まれる存在だと誤解されていました。つまりデザインは、芸術家による自由な自己表現としての「アート」に比べて劣ると考えられていたのです。

しかし、現代になって社会は再び「姿勢としてのデザイン」の有用性に気付き始めたのです。それは、かつてデザインと対置されるものであったアートの分野においても同じです。多くの美術館がデザイン分野の展示に取り組み始め、デザインやデザインが持つ社会的影響をテーマに据えるアーティストも増えています。

デザインの持つ力が強まっている

それでは、現代において再び「姿勢としてのデザイン」に注目が集まっているのはどうしてなのでしょうか。

著者は、その要因の1つ目としてデジタルツールの出現と浸透を挙げています。膨大なデータを管理できるパソコン、資金集めを容易にするクラウドファンディング、協力者を集めるのに役立つソーシャルメディアなど、様々なツールが、ここ10年で一気に世の中に広まってきたのが1つ目の要因です。

2つ目の要因は、社会全体の大きな変化です。社会システムが刻々と変わりゆく中、医療や経済開発、災害対策などのきわめて重要な分野において、これまでに確立されている手法がもはや「時代遅れ」となっていたケースを目にしたことのある人もいるでしょう。このことを認識した各分野の専門家達は、デザインによる新しいアプローチを柔軟に受け入れはじめています。

以上のことから、デザイナー《変革の主体者》達が自らの目標を明確化し、自発的に仕事ができるような環境が整いつつあります。その結果、デザインはより「表現的」で「論争的」になり、複雑な課題に取り組めるようになってきました。そして、デザインが私達の生活に与える影響も大きくなっているのです。

それでは、実際に《変革の主体》の役割を担い、「姿勢としてのデザイン」を実践しているデザイナー達の取り組みを見てみましょう。

《PR》:オンラインでプログラミングを学ぶなら「tech boostオンライン」

1:環境問題を解決するデザイン

まずは、プラスチックごみの問題をデザインで解決しようとしている事例を紹介しましょう。

2013年、当時工学部の学生だったボイヤン・スラットが始めたプロジェクト、「The Ocean Cleanup(オーシャンクリーンアップ)です。

このプロジェクトは、巨大な「浮き」のような構造物(全長600mのプラスチックチューブとそれに付いた大きな網)を使って、プラスチックごみを回収しようとするものです。クラウドファンディングを使って約4,000万ドルの資金集めに成功し、大きな注目を浴びました。

オーシャンクリーンアップは初期テストを経て、2018年に太平洋に繰り出しましたが、残念ながら装置の構造が海の巨大な力に負けて破損してしまいました。また、海洋生物に悪影響があると考えられることや、プラスチックごみの回収法としてあまり効率的ではないことなど、科学者や専門家からの批判もあり、最初の試みは失敗に終わってしまったのです。

そこでオーシャンクリーンアップは、河川の上流でごみを回収する試みを始めました。ごみが海に到達する前に回収しておくほうが効率的であるだけでなく、回収の様子が人々の目に止まりやすく、意識の変革につながると考えたたのです。

まだ完全に成功しているとは言えないこのプロジェクトですが、人々にプラスチックごみの問題を意識させたという点では、確実に成果を上げていると言るのではないでしょうか。

2:難民を支援する

イタリアでは、難民の増加と窮状が問題となっています。難民たちは大きな危険を冒してイタリアに渡りますが、無事に到着したとしても水や食糧などが不足しているため、困窮した状態の中で家や職業を探すことになります。

このような状況の解決に向けてイタリアでは、数々のデザイングループが、国内各地でそれぞれの難民支援プロジェクトを開始しました。

ロサルノでは「Brave New Alps(ブレイブ・ニュー・アルプス)」のメンバーが、移民のための法律・医療・職業訓練センター「Hospital(ity)(ホスピタル(リティ))」を立ち上げました。シチリア島では、人道的デザイナー集団の「国境なき建築家集団」が、農業や木工などの生活に役立つ技術を難民にレクチャーしていますし、トレヴィーゾでは、地域のボランティアデザイナー達が「Talking Hands(トーキングハンズ)」という難民向け工芸工房を運営し、難民達が大工仕事や刺繍などで収入を得る手助けをしています。

この他、イタリアでは各地に様々な難民支援の施設や取り組みが存在し、それらは何人ものデザイナー達によって支えられています。

3:女性の生活の質を上げる

あのバウハウス(ドイツにある工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行った学校)にも、つい最近まで男女格差があったのをご存知でしょうか。どんなに才能ある女性が建築を志しても、問答無用で「女性らしい」分野である織物や陶芸を専攻するように勧められた時期がありました。デザイン界も他の業界と同様に、男性(特に白人男性)優位の社会だったのです。

しかし近年では女性達が差別をはねのけ、変革を起こしています。パキスタンで女性医師と女性患者をサポートする「Sehat Kahani(セヘト・カハーニ)がその一例です。

パキスタンでは、医大卒業生の約4分の3が女性であるにも関わらず、女性医師不足が深刻です。大学を卒業してすぐに結婚する女性が多く、医師の仕事を辞めるよう周囲から圧力がかかるのです。一方、パキスタンでは女性患者は男性の医師に診てもらいたがりません。その結果、女性の医師が足りないという問題が起こるのです。

そこで、2人の医師がプロジェクトを立ち上げました。社会起業家と連携して遠隔医療ネットワークを形成し、女性医師が自宅にいながら動画で患者を診察できるシステムを整えたのです。

このプロジェクトは、医師/患者の両側において女性のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げるだけでなく、もともと医療資源が少ない農村に質の高い医療をもたらすことにも役立ちました。

《PR:》本気で鍛える180日間 未経験からプロになる【.pro】

私達も皆デザイナーになれる

ここまで、デザインを通して社会への姿勢を表明するデザイナー達の姿を紹介してきました。それでは、社会的に認知されている職業「デザイナー」ではない私達には、何ができるのでしょうか?

もう一度「デザイン」の定義を思い出してみましょう。それは目の前の問題を解決しようとする姿勢であり、《社会の変革の主体》となることでした。

本書でデザイナーとして取り上げられているのは、いわゆる「デザイナー」という肩書を持つ人だけではありません。本書の定義するデザインは、狭義の「デザイナー」のやる仕事に留まらないからです。

この本によれば、ソフトウェアプログラミングもデザインです。より良い社会のために様々な施策を検討することもデザインでしょうし、小さな書店で本の品揃えを考えるのもデザインだと言えそうです。こうして、デザインだと考えられる行為を全て書きだそうとすると、きりがありません。

そうです。「世界を良くしよう」という態度さえ示せたなら、私達は誰だってデザイナーになれるのです。デザインとは、職業ではなく姿勢なのですから。

こうやって「自分が主体的に社会を良くしていけるかもしれない」という可能性に気付くことが、私の考える「デザインの第一歩」です。例えば私がこのコラムを書いていることだって、デザインの一端を担う行為かもしれません。

この本を読んで確信したのは、私達ひとりひとりの毎日の取り組みが、よりよい世界を作っていくということです。そう思うと、この困難な時代に生きていながらも、なんだか希望が湧いてくるような気がするのです。

さて、あなたはこれから、どんなデザインプロジェクトに取り組みますか?

この記事をいいねと思ったら!

    14+
    いいね!

Related Post

What's New

公式SNS