自己責任論って?
ここ15年ほどの間でよく耳にするようになった「自己責任論」。一言で説明すると貧困で苦しんだり病気になってしまったのは全部その人の努力不足だ、という厳しい考えです。例えば、国からの忠告を無視して危険な紛争地域に踏み込んだ末、長期間身柄を拘束された某ジャーナリストや、某登山家が無謀な登山をして滑落死した事件などは、「自己責任」として世間から激しいバッシングを受けました。
しかし、どんな苦しい結果になってもそれが全部自分のせいだけだとは限りません。今、政府が行おうとしている、氷河期世代(現在36歳〜46歳の世代)を支援する計画も、少し前までは「本人の努力不足で正規雇用されなかった人たち」と言われることがありましたが、そもそもその世代は第二次ベビーブームの影響で人口が多く、受験も就職も厳しかったのです。そんな彼らに「新しい働き方」として社会がフリーターという自由な働き方を持ち上げた背景もあります。だから、氷河期世代で低収入の人のすべてが自己責任ではなく社会の責任でもあると言えます。また、マッチョイズム思考や挫折を知らないエリートは自己責任論者が多い印象があります。(例えば大企業の社長など)
特殊な家庭環境から人を見下す人間に
さて、少し話がそれてしまいましたが、自己責任論者は一体どんな価値観を持っているのか疑問に思い、元自己責任論者であり、自己責任論が原因でうつ病を患った経験をもつ漫画家の錦山まるさんに、自己責任論についてどう思うか聞いてみました。※錦山まるさんTwitter
現在の錦山さんは、元自己責任論者とは思えないほど、思いやりに満ちた優しさに満ちたツイートをされており、うつ病の啓蒙漫画も連載しています。とてもじゃないけれど元自己責任論者とは思えません。過去の錦山さんはどのような人物だったのでしょうか。また、自己責任論の考えを持っていたのはなぜだったのでしょうか。その理由について錦山さんは次のように語ります。
「僕の家庭は家族全員が基本的に人を見下し、常に自分が正しくて相手が間違っている、という考えを持っていました。だから、容姿なり成績なり運動なり、何か一つでも自分より劣っていると思うものを見つけると、それが家族だろうとバカにしていました。僕はそれが当たり前だと思っていたので、自分も人をバカにしてきたし、自分もバカにされる対象でした」
少々特殊で極端な思考の家庭で育った錦山さん。また、錦山さんは学生時代、成績もよく運動もできて、スクールカーストは上位で、女子からも人気があったとのこと。特に陸上は得意で、陸上競技大会ではスタート地点とゴール地点に女子が集まって声援を送っていたそうです。すごいハーレム!
そんな錦山さんは勉強やスポーツが得意でない男子から嫌がらせを受けます。しかし「自分はこんな嫌がらせをしてくる人間とは違う。自分は何でもできる優れた人間なんだ」と自意識を肥大させていったといいます。その結果、「僕よりうまくいかない奴らはやる気や意識が低くて努力が足りないのだ」と、過激な思考を持つようになったそうです。
1日の休憩時間はわずか1時間、結果うつ病に……
高校卒業後は漫画専門学校に進学。ここでも将来有望として注目を浴び、ひたすら漫画の練習と勉強をします。遊びや休みはすべて無駄だと思っていたそうです。漫画の作業のためデートすらドタキャンすることも珍しくありませんでした。その甲斐あり、卒業後はわずか21歳でプロデビュー。
「漫画家は漫画が掲載されなければ1円にもならないわかりやすい実力主義です。その分、僕の自己責任論的な思考は加速しやすい職だったとも言えます」
私の職であるライターも、会社員とは違い、実力がなければ仕事がなくなって経済的に困ってしまうため、ライター志望の人には厳しい世界であること、生半可な気持ちで始めたら人生詰んでしまう場合があることを伝えています。そう考えると、私自身も自己責任論的な思考が潜んでいるのかもしれないと気づきました。ただ、最終的にはその人の人柄が人生の帰路を分けるのだと感じています。
さて、プロの漫画家として華々しくデビューした錦山さん。当時の生活を教えてくれました。
「1日15〜16時間は漫画作業や勉強をする生活を6年間続けました。また、うつ病になる直前の数ヶ月は、食事やトイレ、入浴や家事などは、1日合計1時間以内で済ませていました。
ここまで自分を追い詰めていたのは、やはり特殊な家庭環境が大きな原因だと思っています。他人の『できること』より『できないところ』を見つける減点方式の癖がついてしまっていました。だから、『できないところ』がないよう、家族にバカにされないよう突っ走り続けていました」
なんとストイックな生活……。余暇が全くありません。その結果、彼はうつ病に蝕まれることになり、自殺未遂も経験。一番ひどいときは閉鎖病棟に入院することに……。
「うつの初期症状は『外食ができない』『歩くと吐き気がする』でした。自殺未遂をして入院した際は、主に屈辱感とフラッシュバックによる急な激怒の症状が出ました。今まで周りを見下し続けていたのに、その連中よりも無価値になってしまったと……。今まで漫画家としてバリバリ働いていたのに、働けない自分。大嫌いな親や恋人にお金を出してもらわないと生きられない自分に強い屈辱感を抱き、イライラを抑えられず壁やガラスを破壊したり、大量の精神安定剤を服用したのを止めに入った恋人に暴力をふるってしまったこともありました」
ストイックな自分に陶酔していた
うつ病を経験してから、自己責任論の考えを改めた錦山さん。「努力したいのにしようがない」という体験を経て、今までの他人への見方を「本当に正しい見方なのか?」と考えるようになったと言います。また、自己責任論で得られたものは何もなく、うつ病という生き地獄だけだったとのこと。
現在は治療の末、うつ病を寛解して1年が経った錦山さん。私自身、自己責任論者に疑問を持っている点があります。それは、自己責任論者は他人にも厳しいけど自分にも厳しいことです。自分に厳しくするのはつらくないのでしょうか?
「自分に厳しくするのが当たり前だったので、むしろ厳しくする自分を誇らしく思っていました。自分が見下している人たちから『少し休んだら?』と心配されると『本気ならこれくらいやるものなんだよ』と鼻で笑いながら返すことに快感を得ていました。完全に自分に酔っていたと思います」
なるほど。厳しい自分に酔う。確かに何かの目標を達成したとき、達成感に浸ること誰だってあるはずですが、陶酔することと達成感や喜びは違います。
世の中にはどうにもならないことがある
最後に、今現在、自己責任論者である人に伝えたいことを聞きました。
「自己責任による問題はたくさんありますが、現状すべて100%が自己責任だとは限りません。なんでもかんでも『自己責任だ!』と白黒色分けして他者を叩いていると、いざ自分や大切な人がどうにもならない状況に陥った際、他者へ向けていた言葉の刃の記憶が自分たちをえぐることになります。世の中には『どうにもならないことがある』という小さな気付きが、いつかあなたや大切な人を助けるかもしれません」
うつ病を機に自己責任論の考えを改めた錦山まるさん。人生の波を折れ線グラフにして表したいほど壮絶な人生です。錦山さんの言う通り、なんでも自己責任で済むケースは少なく、「自己責任と言える部分もあるけど、一部は社会や環境の問題も含まれている」ということを、今一度考えたいところです。