【未払い残業代を請求したい方へ】必要な証拠と請求手順を弁護士が徹底解説!
日本労働組合総連合会が実施した「労働時間に関する調査」によると、労働者の4割強がサービス残業を経験していることが分かっており、働き方改革が進んでいる現在でも根深い問題だと言うことができるでしょう。
サービス残業によって未払いとなっている残業代は、誰でも取り戻したいと思っているのではないでしょうか。
しかし、残業代の支払いを逃れている企業は、様々な社内ルールをあたかも法律が定める制度を利用しているように装って、支払いを逃れています。
悪質であればあるほどその隠し方は巧妙なため、残業代が請求できることに気づいていない方も多いでしょう。
・みなし残業だから既に支払っている
・裁量労働制だから残業代はない
・土日などの労働は就業規則の定めで休日ではない
・管理職だから残業代の支給はない など
この記事では、未払い残業代を請求したい方に向けて、未払い残業代請求に必要な証拠と請求手順を弁護士が徹底解説していきます。
目次
未払い残業代の請求権は3年
未払い残業代には法的な時効が存在します。
労働基準法第115条には、賃金の請求権について5年間という期間が定められています。
(時効)
第115条
この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
引用:e-Gov法令検索 労働基準法
そして、労働基準法第143条において、当面の間は3年とすると定められているため、現在は3年分の残業代をさかのぼって請求することができます。
例えば、現在を2023年4月1日とすると、2020年4月1日までさかのぼって未払い残業代を請求することができます。
3年よりも前の未払い残業代があったとしても、請求することはできないので注意しましょう。
もしも時効成立間近の未払い残業代がある場合は、内容証明郵便を送付することで時効を中断させることもできます。
3年近く、もしくは3年以上前からの未払い残業代で困っている方は、労働環境サポーターにご相談ください。
未払い残業代の時効についてもっと詳しく知りたい方は、『【時効は3年!】未払い残業代の請求の起算点や時効の考え方を徹底解説』を参考にしてください。
仮に、1ヶ月20日労働として1日あたり1時間分の未払い残業代があったとします。
一般労働者(正社員・正職員)の平均時給程度と考えて時給2,000円で計算すると
「1時間 × 20日 × 2,000円 × 1.25 = 5万円」
となり、1ヶ月あたりの未払い残業代は5万円、年間で考えると60万円となります。
1日で考えるとたった1時間ですが、年間で考えると賞与1回分ほどの金額となります。
このように、未払い残業代は積み重なるとかなりの金額になるので、先延ばしにして請求できなくなるとかなりの損です。
未払い残業代を請求できる場合 / できない場合
未払い残業代には、勤務状況や証拠によって、請求できる場合とできない場合があります。
それぞれの場合について詳しく見ていきましょう。
請求できる場合
以下の状況に当てはまる方は、未払い残業代を請求できる可能性があります。
- 虚偽報告や10分単位の切り捨て報告などで、残業時間を正確に報告していない
- 会社が定める所定労働時間を超えて労働したが、残業代が支払われていない
- 1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働したが、残業代(割増賃金1.25倍含む)が支払われていない
- 22時〜5時までの間の深夜労働に対して、割増賃金1.25倍が支払われていない
- 法定休日の労働に対して、割増賃金1.35倍が支払われていない
- 退勤後の持ち帰りや朝残業などで、申告外の残業をしている
- 待機時間や移動時間など、本来労働時間に含まれる時間が除外されている
- 「名ばかり管理職」にもかかわらず、残業代が支払われていない
- 深夜労働や法定休日の労働をしているにもかかわらず、「事業場外みなし労働時間制」「裁量労働制」という理由ですべての残業代が支払われていない
- 「裁量労働制」にもかかわらず、業務がそもそも「裁量労働制」の要件を満たしていない
- 「変形労働時間制」にもかかわらず、1ヶ月または1年単位で見ると労働時間が所定労働時間を超えている
- 「みなし残業制(固定残業制)」にもかかわらず、みなし時間を超えた分の残業代が支払われていない
請求できない場合
以下のような雇用形態が正しく運用がされている場合、未払い残業代を請求できません。
公務員全般:国家公務員、公立の教員、一部の地方公務員など
管理監督者に該当する労働者:社内独自基準の管理職ではなく、労働基準法に即した経営者と一体的立場にある労働者
天候や自然条件に左右される労働者:農業や林業、漁業などに携わる労働者
監視・断続的労働従事者:門番、守衛など心身の緊張度が少ない業務に携わる労働者
宿日直勤務者:本来の業務では請求可能、宿直勤務は請求不可
事業場外のみなし労働制:深夜労働や法定休日の労働を行っていなければ請求不可
裁量労働制:深夜労働や法定休日の労働を行っていなければ請求不可
みなし残業制(固定残業制):みなし時間内の残業代が正しく支払われていれば申請不可
もちろん、残業代や割増賃金が適切に計算されている場合についても請求はできないので、純粋に給料が少ないと感じる場合は『転職』を検討すると良いでしょう。
未払い残業代請求に必要な証拠とは
未払い残業代を請求できる場合、まずはその証拠を集める必要があります。
ここでは、未払い残業代の存在を証明するための有効な証拠について解説します。
証拠は多いに越したことはないので、集められる証拠をできるだけ詳細に集めていきましょう。
雇用契約書や労働契約書
雇用契約を結ぶ際に交付されている「雇用契約書」や「労働契約書」などには、給与の計算方法や残業代支給について記載されています。
未払い残業代を請求する場合、計算方法や支給要件を立証するための証拠となります。
交付されている場合は大切に保管しておきましょう。
企業(雇用主)側と労働者(被雇用者)側の間で、労働条件に関する重要事項を明らかにするとともに、雇用契約の成立を証明する書類です。
民法に則った手続きとして、次のことを契約します。
・被雇用者が労働に従事すること
・雇用主が労働に対する報酬を与えること
労働者及び使用者の間での労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)を明らかにするとともに、成立を証明するための書類です。
労働契約法に則った契約で、次のことを契約します。
・労働者が使用者に使用されて労働すること
・使用者が労働者に対して賃金を支払うこと
就業規則
就業規則は労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること、職場内の規律などについて定めた職場における規則集です。
就業規則の内容には、必ず記載しなければならない以下の事項が労働基準法によって定められています。
① 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項
② 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
③ 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
従って、必ず業務時間や賃金計算についての規則が書いてあるため、残業代を計算する上での証拠になり得ます。
なお、労働者が10人以上いる職場では、就業規則の作成・周知は会社の義務となっています。
賃金の実態を立証する資料
賃金の支払い実態に関する資料は、労働者が支払われた残業代の金額や基礎給与の支払い状況などを立証するために重要です。
従って、証拠となる以下のような書類を収集しましょう。
- 給与明細書
- 賃金台帳の写し
- 給与が振り込まれた銀行口座の写し
始業・終業時刻を立証する資料
タイムカード・勤怠記録・日報
会社が労働者の勤怠管理に使っているツールの記録は、労働時間を立証する上で有効な資料です。
タイムカードや勤怠管理ソフトの記録、勤務時間と内容が書かれた日報など、自社で使用している勤怠管理ツールに残っている勤怠記録を集めておきましょう。
中には会社が労働時間を正確に把握しておらず、タイムカードがない場合もあるでしょう。
また、タイムカードを打刻した後に実際に働いた時間が異なるケースもあります。
このような場合には、これらのツールだけでは証拠不十分となりますので、他の証拠資料を考える必要があります。
ポイントは客観的事実を把握できるかどうかです。
証拠として不十分になることがないよう、根拠資料を集めていきましょう。
仕事用メールの送受信履歴
仕事上で使っているメールの送受信記録は、客観的な事実として有効な証拠になります。
残業代が未払いとなっている時間帯に仕事用メールの送受信履歴があれば、残業代が支払われるべき労働をしていると判断する材料となるわけです。
まだ会社に在職している場合は、自分のメールの送受信履歴を資料として保存しておくと良いでしょう。
帰宅時のタクシー使用履歴(領収書)
未払い残業代が発生するほどの労働環境下では、残業で終電がなくなるという経験をしている方も少なくはないでしょう。
終電がなくなって帰宅時にタクシーを利用した場合、領収書をもらって保存しておくと退社時間を証明する有力な証拠となります。
意外と見落としがちですが、証拠として持っておくと役立つので捨てずに保存しておきましょう。
日記等の備忘録
労働者が日々つけている日記や備忘録があれば、それも労働時間を立証する根拠となり得ます。
例えば、日々の日記には業務の内容や始業・終業時間が記載されていれば、労働時間算定の証拠にできる可能性があります。
また、業務が終了した際に、仕事用メールを使って、業務内容や退社時刻を個人のメールに送信して備忘録代わりにするのも良い方法でしょう。
こうすれば、日々の出退勤時間をデータとして記録でき、仕事用メールと個人メールの両方に履歴が残るため、データの正確性を担保しつつ紛失リスクを軽減できます。
残業を立証する資料
残業指示や残業承諾の証拠
残業指示や残業承諾などの具体的な証拠があれば、残業中に行った業務を証明することができます。
- 残業指示書
- 残業指示を受けた時のメモ書き
- 残業承認の証拠(書面や勤怠管理システム上の承認履歴等)
このような証拠がある場合は、自分の手元で保存しておきましょう。
残業時間中の業務内容がわかる証拠
残業中の業務内容がわかる証拠があれば、残業を行ったことを証明することができます。
- 残業時間中の業務用メールの送信履歴
- 残業時間中の業務内容がわかる日報 など
このような証拠がある場合は、自分の手元で保存しておきましょう。
未払い残業代の請求手順
未払い残業代の請求は、以下の手順によって行っていきます。
①証拠を集める
②未払い残業代を計算する
③会社への請求や交渉を行う
それぞれ詳しく説明していきます。
①証拠を集める
未払いの残業代を請求する場合、その残業が実際にあったことを証明する証拠が必要です。
労働者側が未払い残業代を主張する場合、その主張を裏付けるために必要な証拠を自ら収集する必要があります。
前述している以下の証拠を集めていきます。
- 雇用契約書や労働契約書
- 就業規則
- 賃金の実態を立証する資料
- 始業・終業時刻を立証する資料
- 残業を立証する資料
なお、未払い残業代の請求権は3年となっているので、3年以内の残業の証拠を集めていきましょう。
②未払い残業代を計算する
集めた証拠をもとに、請求できる残業代がどの程度か計算していきます。
計算の手順は以下の通りです。
1時間あたり基礎賃金を計算する
まずは1時間あたりの基礎賃金を計算しましょう。
計算方法は給与体系や働き方によって異なり、以下の式で求めることができます。
年俸制の場合:(1年間の基礎賃金)÷(1年の所定労働時間)
月給制の場合:(1ヶ月の基礎賃金給)÷(1ヶ月の平均所定労働時間)
週給の場合:(1週間の基礎賃金)÷(1週間あたりの平均所定労働時間)
日給の場合:(日給)÷(1日あたりの所定労働時間)
時給の場合:(1時間あたりの賃金)
歩合給の場合:(1件あたりの成約金)÷(契約期間内の総労働時間)
なお、賃金のうち通勤手当や住宅手当などの手当・臨時の賃金などは、基礎賃金に含まれないので注意しましょう。
計算例
月給:30万円(諸手当除く)
1日の所定労働時間:8時間
1年間の勤務日数:250日
1年あたりの所定労働時間 = 8時間×250日 = 2,000時間
1ヶ月あたりの平均所定労働時間 = 2,000時間÷12ヶ月 ≒ 166時間
1時間あたりの基礎賃金 = 30万円÷166時間 ≒ 1,800円
割増率を考慮して未払い残業代を計算する
残業代には割増率があり、その比率に応じて基礎賃金に上乗せして残業代が算出されます。
労働の種類ごとの割増率は以下の通りです。
労働の種類 | 割増率 |
---|---|
法定時間外労働 | 25%以上 |
休日労働 | 35%以上 |
深夜労働 | 25%以上 |
これらの割増率はそれぞれ一緒に考える場合もあります。
例えば、法定時間外の深夜労働だった場合の割増率は50%以上となり、休日の深夜労働だった場合の割増率は60%以上となります。
割増率を考慮した残業代の計算は以下のように行います。
計算例
1時間あたりの基礎賃金1,800円の労働者が、ある月に法定時間外労働を20時間、休日労働を5時間行ったとすると、
残業代(法定時間外労働分) = 1,800円×1.25×20時間 = 45,000円
残業代(休日労働分) = 1,800円×1.35×5時間 = 12,150円
従って、その月の残業代の合計は57,150円となります。
このうち、証拠を集めて未払いが証明できる残業代が、未払い残業代となります。
みなし残業とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ一定時間分の残業代を賃金や手当に含ませて支払う制度のことで、固定残業制度とも呼ばれてます。
みなし残業の場合、実際の残業時間のうちみなし時間を超えた分にのみ、残業代が別途発生します。
従って、未払い残業代の計算からは、みなし残業分を除外しておく必要があります。
③会社への請求や交渉を行う
証拠集めと未払い残業代の計算が終わったら、いよいよ会社への請求や交渉を行っていきます。
会社と直接交渉する(在職中の場合)
会社にまだ在職している場合は、会社側と直接交渉することで早期に解決できる可能性があります。
ただし、会社側の労働者への向き合い方やコンプライアンス(法令遵守)の意識などによっては解決が難しい場合もあります。
会社対個人の交渉となるので、比較的ハードルが高い方法と言えるでしょう。
内容証明郵便で請求する(退職後の場合)
在職中の請求はトラブルにつながる可能性があるため、退職後に請求したいという方も多いでしょう。
退職後の場合は、内容証明郵便で請求が行われることが多いです。
内容証明
一般書留郵便物の内容文書について証明するサービスです。
いつ、いかなる内容の文書を誰から誰あてに差し出されたかということを、差出人が作成した謄本によって当社が証明する制度です。
出典:日本郵政グループ
内容証明郵便は、いつ請求したかを客観的に証明できるため、法律上の「催告」に該当します。
未払い残業代の消滅時効期間3年を6ヶ月間停止することができるので、その間に訴訟するなどの「請求」行為を行うと時効の成立を阻止することができます。(延長された6ヵ月の間に何も行動を起こさなければ、時効は成立するので注意。)
また、弁護士に依頼せずに自身で内容証明郵便を送れば、郵送費用以外特にかからないという利点もあります。
内容証明郵便の作成例は以下の通りなので、作成する場合は参考にしてください。
令和◯年◯月◯日
◯◯株式会社
◯◯ ◯◯ 様
東京都渋谷区渋谷◯町目◯-◯
労働 太郎
請求書
貴社従業員として20◯◯年◯月◯日まで勤務していた労働太郎と申します。
20◯◯年◯月◯日〜20◯◯年◯月◯日までの間、合計◯◯時間の時間外労働に従事しましたが、賃金をお支払いいただいておりません。
つきましては、本書面到達後◯日以内に、合計◯◯万円を下記指定口座までお支払いくださいますようお願い申し上げます。
上記期限内にお支払いいただけない場合は、法的手段をとることになりますのであらかじめご承知おきください。
記
金融機関名:◯◯銀行
支店名:◯◯支店
種類:普通預金
口座番号:◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
口座名義人:◯◯◯◯
以上
労働基準監督署へ申告する
労働基準監督署は労働者の権利を保護するために設置されており、残業代未払いの証拠をもとに労働基準法違反として、行政指導を求める申告を行うことができます。
相談の内容によっては事業場に立ち入り、労働条件について確認して法違反が認められた場合には、事業主などに対しその是正を指導してくれます。
行政として対応してくれるため個人で請求するよりも交渉力が強く、残業代の計算や匿名での申告など、交渉自体もより適切に進めていくことができます。
申告費用も発生しないので、根拠や事実関係がはっきりしている証拠がある場合は、相談してみると良いでしょう。
労働審判で請求する
労働審判とは、労働問題を早期解決させるための以下の特徴を備えた法的手続であり、通常訴訟よりも迅速に法的効力を持った判断を得ることができます。
労働審判制度の特徴
①個別労働紛争が対象
事業主と個々の労働者との間の労働関係に関するトラブル解決に利用できます。②労働関係の専門家が関与
雇用関係の実情や労使慣行等に関する詳しい知識と豊富な経験を持つ労働審判員が、中立かつ公正な立場で審理・判断に加わります。③3回以内の期日で決着
原則として3回以内の期日で審理(調停を含む。)を終えます。
したがって、トラブルの内容が複雑で、限られた期日の中で審理を終えることが難しそうな事案にはなじみません。④事案の実情に即した柔軟な解決
調停を試み、調停による解決に至らない場合には、審理の結果認められた当事者間の権利関係と手続きの中で現れた諸事情を踏まえ、事案の実情に即した判断(労働審判)を行い、柔軟な解決を図ります。⑤異議申立て等で訴訟移行
出典:最高裁判所 | ご存じですか? 労働審判制度
労働審判に対する異議申立てにより、労働審判が失効した場合や、労働審判委員会が、労働審判を行うことが不適当であると判断し、労働審判事件を終了させた場合等は、訴訟へ移行します。
なお、労働審判ではなく通常訴訟により未払い残業代を請求した方が良い場合もあるため、必要に応じて弁護士に相談することが望ましいでしょう。
例えば、労働審判の審理に異議があれば訴訟手続きに移行するため、はじめから通常訴訟しておいた方がスムーズに解決できる可能性があります。
また、労働審判では双方の歩み寄りが求められることもあり、請求額よりも減額された和解案で妥協するかどうかを迫られる場面もあります。
通常訴訟で請求する
未払い残業代を請求するための最終的な手段で、裁判所に訴えを起こして請求する方法です。
個人の間の法的な紛争、主として財産権に関する紛争の解決を求める訴訟です。
例えば、貸金の返還、不動産の明渡し、人身損害に対する損害賠償を求める訴えは、この類型に入ります。
この類型の訴訟は「通常訴訟」と呼ばれ、民事訴訟法に従って審理が行われます。
出典:最高裁判所 | 民事訴訟の種類
未払い残業代の客観的証拠が十分にある場合は、請求した金額を満額回収できる可能性の高い方法でもあります。
ただし、時間と費用がかかることに加え敗訴する可能性もあります。
通常訴訟で請求する場合は、以下の両方を合わせて請求することができます。
- 労働基準法上の割増賃金と同額の付加金
- 遅延損害金(退職前は年3%、退職後は年14.6%の割合)
未払い残業代の支払いを命じる判決が出たにもかかわらず企業が支払いに応じない場合、強制執行を行う方法があります。
強制執行とは会社の不動産や債権などを差し押さえて、裁判によって確定した残業代請求権を強制的に行使する方法です。
(ただし、実際は強制執行にまで至ることは非常に稀です。)
未払い残業代の請求事例
ここでは、実際に未払い残業代について争われた裁判をご紹介します。
実際に請求が認められた裁判だけでなく、棄却された裁判もご紹介しているので、ご自身の請求に照らして考えていただけると幸いです。
スポーツ関連の会社の管理職 | 割増賃金及び確定遅延損害金の請求
裁判年月日: 平成29年10月6日
裁判所名: 東京地方裁判所
事件番号: 平成27(ワ)16310
事件名: 未払賃金等請求事件
被告:スポーツ施設,スポーツ教室の経営等を目的とする株式会社
原告:被告において勤務した従業員(平成元年11月11日〜平成27年3月24日まで勤務)
被告に雇用されていた原告が、被告に対し、平成24年12月11日から平成27年1月10日までの間における時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金(割増手当)合計317万589円及びこれに対する確定遅延損害金、遅延損害金の支払いを求めた事案。
主な争点として、原告が労働基準法上の管理監督者に該当するかがあり、裁判所側は管理監督者には該当しないと結論した。
1. 被告は、原告に対し、311万9,551円及びうち295万1,349円に対する平成27年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2. 被告は、原告に対し、90万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3. 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
直営店の店長 | 未払い賃金及び遅延損害金の請求
裁判年月日: 平成29年3月30日
裁判所名: 大分地方裁判所
事件番号: 平成27(ワ)14
事件名: 残業代請求事件
被告:飲食店の経営等を目的とする株式会社
原告:元従業員(直営店の店長職)
被告の元従業員であり、平成26年8月5日に被告を退職した原告が、平成24年6月1日から平成26年6月30日までの期間の時間外労働の賃金(割増賃金を含む)及び寮費相当額として控除されてきた賃金部分が未払であると主張。
労働契約に基づき、未払賃金953万3,480円及び確定遅延損害金332万3,910円、並びに遅延損害金の支払いを求めた事案。
主な争点として、原告が労働基準法上の管理監督者に該当するかがあり、裁判所側は管理監督者には該当しないと結論した。
1. 被告は、原告に対し、1,285万7,390円及び内953万3480円に対する平成28年8月2日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、678万2,031円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成26年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
小学校教員 | 時間外割増賃金及び遅延損害金の請求(棄却)
裁判年月日: 令和3年10月1日
裁判所名:さいたま地方裁判所
事件番号:平成30(行ウ)33
事件名: 未払賃金請求事件
埼玉県の市立小学校の教員である原告が,平成29年9月から平成30年7月までの間に時間外労働を行ったとして、主位的には、労働基準法37条による時間外割増賃金請求権に基づき、予備的には,本件請求期間に原告を同法32条の定める労働時間を超えて労働させたことが国家賠償法上違法であると主張。
埼玉県公立学校教育職員の給与・手当等を負担する被告に対し、時間外割増賃金又はその相当額の損害金及び付加金、これらに対する遅延損害金の支払いを求めた事案。
原告には、労働基準法37条に基づく時間外労働の割増賃金請求権がなく、また、本件校長の職務命令に国家賠償法上の違法性が認められないことから、原告の請求はいずれも理由がないとされた。
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
ホストクラブ従業員 | 未払賃金請求及び旅行積立金の返還請求(棄却)
裁判年月日:平成28年3月25日
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成26(ワ)24595
事件名: 未払賃金等請求事件
被告経営のホストクラブに勤務していた原告が、被告と雇用契約を締結していたとして、被告に対し、未払賃金請求及び旅行積立金の返還請求をした事案。
本件の争点は以下の通り。
①原告と被告は雇用契約を締結したか(ホストである原告は労働者か自営業者か)
②原告の未払賃金及び返還すべき旅行積立金の存否
ホストは自営業者と認めるのが相当であり、雇用契約の事実は認められないことから、雇用契約であることを前提とする未払い賃金の請求及び旅行積立金の返還請求は認められないとして棄却された。
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
未払い残業代の請求の注意点
最後に未払い残業代の請求における注意点を説明していきます。
・自分ですべて行おうとしない
・証拠になりにくい資料に注意する
・証拠がない場合でも諦めない
・残業代を支払わない会社の手口を理解する
それぞれ順番に解説していきます。
自分ですべて行おうとしない
会社との直接交渉や内容証明郵便での未払い残業代請求は自分で行うこともできますが、それでも決着しなかった場合は法的効力のある方法を検討する必要があります。
法的効力のある方法で解決する場合、自分ですべてを行おうとしないように注意しましょう。
労働基準監督署に申告する
労働基準監督署とは、事業者に対する監督を主な業務とする厚生労働省の出先機関です。
以下のような相談が可能であり、きちんとした証拠があれば、未払い残業代の問題を解決に導くことも可能です。
・労働条件に関する相談ができる
労働時間のことはもちろん、賃金や解雇、退職金、その他の待遇等についても相談でき、解決や未然防止に向けた情報提供を受けることができます。
・行政指導を求められる
勤務先が労働基準法などに違反している事実について、行政指導を求める申告を行うことができます。
相談の内容によっては事業場に立ち入り、労働条件について確認して法違反が認められた場合には、事業主などに対しその是正を指導してくれます。(法違反のほとんどは、労働基準監督署の指導等によって是正されています)
・事件性も踏まえて対応してくれる
度重なる指導にもかかわらず法違反の是正が行われない場合など、重大・悪質な事案については、刑事事件として取調べなどの任意捜査や、捜索・差押え、逮捕などの強制捜査を行い、検察庁に送検してくれます。
労働基準監督署は全国各地に設置されているので、厚生労働省公式ページの所在地一覧から最寄りの労働基準監督署を調べて相談してみましょう。
弁護士に相談する
労働審判や通常訴訟で解決する時は、弁護士の力を借りましょう。
相談する弁護士は、実務経験や残業代請求を行った経験をもとに決めると良いでしょう。
「◯◯専門」と謳っているような弁護士でも、あくまで経験をもとに判断すべきです。
日本弁護士連合会の「業務広告に関する指針」(第3-12⑴)では、「専門」表示は一般市民に対する誤導のおそれがあるため差し控えるべきであるとされています。
あくまで一定の実務経験や残業代請求を行った経験を裏付けとして、信用できる弁護士に相談することができれば、必要な証拠の集め方や会社との交渉方法など、進捗に応じた的確なアドバイスをもらえるでしょう。
未払い残業代請求の弁護士への依頼費用については、「20〜40万円程度の費用+請求額の20%程度の成功報酬」が相場と言われています。
例えば200万円の残業代請求をしたとすれば、そのうち約60〜80万円が弁護士費用となります。
相談料 | ~1万円/時間 程度 |
着手金 | ~30万円程度 |
手数料等 | 数万円程度 |
成功報酬 | 請求額の20%程度 |
実費 | 事務所により異なる |
タイムチャージ・日当 | 事務所により異なる |
合計 | 20〜40万円+請求額の20%程度 |
証拠になりにくい資料に注意する
未払い残業代請求を進めていく場合、証拠の正確性や客観性が重要になります。
証拠になりにくい資料ばかりで正確性や客観性が乏しい場合、未払い残業代請求が成功しないことがあるので注意しましょう。
証拠になりにくい資料の例は以下の通りです。
走り書きのメモや不正確なメモ
日記や備忘録は、残業代請求において証拠として役立つことがありますが、内容が走り書きで趣旨が不明確な場合や、勤怠記録と著しく食い違いがある場合は、証拠としての価値が低くなる可能性があります。
日記や備忘録で大切なのは、あくまで機械的に趣旨を明確かつ簡潔にまとめていることと、毎日記録されていることです。
また、一度作成した日記や備忘録を後から修正することは、正確性を疑われることになりかねないためできる限り避けましょう。
私的なメール送信記録
個人メールや業務用メールを使った私的なやり取りは、労働時間算定において有力な証拠とはなりません。
また、正確性に欠けることが多いこともあり、業務時間としても認められにくいです。
ただし、未払い残業代の相談を定期的に行っていた相手に対してその実態を報告していた場合は、相談自体が証拠として有効である可能性があります。
証拠がない場合でも諦めない
集められる証拠がない場合でも、未払い残業代の実態がある場合は諦めてはいけません。
実は、集められる証拠がない場合でも、残業代の請求を進められる可能性はあります。
労働関連の記録は会社に残されている
労働基準法第109条には、労働関係の重要な書類を5年間保存しなければならないという「記録の保存」が定められています。
(記録の保存)
第109条
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。
引用:e-Gov法令検索 労働基準法
また、改正個人情報保護法では、企業が保有する個人データについて本人が開示を請求する権利があると定められており、企業はそれを正当な理由なく拒否することはできません。
従って、集められる証拠がない場合でも、企業にデータの開示請求を行うことで集められる場合があります。
文書提出命令を利用できる
訴訟を起こした場合には、相手が所持している証拠文書の提出を命じる文書提出命令を利用できることがあります。
文書提出命令は、当事者が裁判所へ申立てを行い、正当な理由が認められた場合に裁判所が会社へ命令することで行われます。
(文書提出命令等)
第223条
裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる。この場合において、文書に取り調べる必要がないと認める部分又は提出の義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができる。
引用:e-Gov法令検索 民事訴訟法
万が一会社が証拠の提出に応じない場合、労働者側の主張が正しいとされる可能性が高まります。
集められる証拠がない場合でも諦めず、弁護士に相談してみましょう。
残業代を支払わない企業の手口を理解する
「うちの会社は残業代が出ないから」といって残業代を諦めてないでしょうか?
残業代の支払いを逃れている企業は、社内ルールをあたかも法律が定める制度を利用しているように装って、支払いを逃れています。
悪質であればあるほどその隠し方は巧妙なため、残業代が請求できることに気づいていない方も多いでしょう。
ここでは、企業が残業代の支給を逃れるためによくある手口について説明していきます。
残業代はないと明言している場合
「残業代がないことを雇用前から説明している」「残業代がない旨を記載した雇用契約を締結している」などの理由で、残業代を支払わない会社があります。
特に雇用契約に記載されている場合、残業代の支払いがないことは正しいように思えるでしょう。
しかし、実際は内容は違法な契約として無効となります。
法律には「任意規定」と「強行法規」という2種類の法律があり、残業代の支払義務は「強行法規」に当たります。
従って、当事者間の合意によってその適用を排除することはできないのです。
残業時間上限を決めて超過分をカットしている場合
「残業代は月20時間まで」というようなルールを定め、超過分の残業代を支払わない会社がありますがこれは違法です。
前述の通り、残業代の支払義務は強行法規として適用される法律なので、会社の一方的な説明や労働者との合意によって上限を定めたとしても無効となります。
また、みなし残業制(固定残業制)にもかかわらず、みなし時間を超えた分の残業代が支払われていない場合もあります。
みなし残業制であっても、実際の残業時間がみなし時間を超えた場合、超えた分の残業代は追加で支払われる必要があります。
「年俸制だから」と残業代をカットしている
「年俸制だから残業代は出ない」としている会社であっても、法律の強行法規とされている残業代の支払義務は果たさなければなりません。
従って、年俸制であっても残業をした場合はその分の賃金が別途支払われる必要があります。
会社によっては「年俸制」と「みなし残業制」を合わせて導入していることもありますが、実際の残業時間がみなし時間を超えた場合は、超えた分の残業代は追加で支払われる必要があります。
タイムカードを切らせてから仕事をさせる場合
残業が発生する場合に、とりあえずタイムカードを打刻させて定時終業とした後、タイムカードに記録しない状態で残業を行わせる会社があります。
このような運用をしていても、残業を行った事実には変わりないので、会社は実際に行わせた残業時間に応じた賃金を支払う義務があります。
会社全体でこのような慣習が行われている場合、あなたひとりだけ実際の退社時間にタイムカードを打刻する事は難しいかもしれません。
その場合、後日未払の残業代を請求するために、実際の退勤時刻を証明する証拠(PCのログオフ時刻、メールの送受信記録、個人的な業務日誌 等)を残しておきましょう。
会社で残業はさせず、家で仕事をさせる場合
残業代を発生させないために、社内では定時で退勤させて帰宅後に自宅で仕事をさせる会社もあります。
自宅に持ち帰った仕事について、
①上司の指示によって自宅業務を行った場合
②上司の許可を得た上で自宅業務を行った場合
③どうしても自宅業務をしなければならなかった場合
このいずれかのパターンとして証拠を提示できれば、残業扱いにできる可能性があります。
ただし、自宅での単純な業務処理は、残業であるかどうか微妙な場合もあります。
例えば、特に必要性が高くないのに自己判断によって自宅で業務し、なおかつその業務における拘束性が乏しい場合、残業時間には該当しない可能性が高いでしょう。
管理職になった途端に残業代がカットされる場合
「課長・部長は管理職であるため、残業代は支払わなくてよい」という考え方をしている会社がありますが、実際は管理職であっても必ずしも残業代が支払われないわけではありません。
「管理職」に残業代を支払わないことは労働基準法上の管理監督者に残業代を支払わなくてよいとされていることを利用していますが、実際は労働基準法上の「管理監督者」と企業が独自に「管理職」として扱うことは必ずしも同義ではありません。
労働基準法上の「管理監督者」には以下のような要件があります。
- 企業の部門等を統括する立場にある
- 企業経営への関与が認められている
- 自身の業務量や業務時間を裁量的にコントロールできる
- 賃金面で十分に優遇されている
これらの要件と一致していないにもかかわらず、「管理職」として残業代が支払われていない場合、それは違法となります。
このような立場に置かれている人は「名ばかり管理職」と呼ばれており、特に中小規模の企業などでは、未だに課長以上を一律に「名ばかり管理職」として残業代を支払っていない場合があります。
残業時間が切り捨てられる場合
「退勤時刻は15分単位で切り捨てる」など、残業時間を切り捨てる社内ルールを設けている会社がありますが、端数時間を切り捨てることは違法です。
労働基準法第24条によって、賃金はその全額を支払わなければならないことが定められているため、会社が一方的に端数時間を切り捨てることはできません。
労働者側との協定がある場合を除いて、労働時間は1分単位で計算するのが原則です。
ただし、会社側の作業が煩雑になることを防ぐために、1ヶ月の総労働時間について切捨てや切り上げを行うことは行政通達で例外的に認められています。
まとめ
この記事では、未払い残業代を請求したい方に向けて、未払い残業代請求に必要な証拠と請求手順を弁護士が徹底解説してきました。
・未払い残業代の請求権は3年
・未払い残業代を請求できる場合 / できない場合
・未払い残業代請求に必要な証拠とは
・未払い残業代の請求手順
・未払い残業代の請求事例
・未払い残業代の請求の注意点
企業の未払い残業代は、いまだに根深く残っている問題です。
厚生労働省の『監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)』によると、不払だった割増賃金が支払われたもののうち、支払額が1企業で合計100万円以上となった事案が以下の通り公表されています。
是正企業数 | 1,069 企業(前年度比 7企業の増)うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは、115 企業(同 3企業の増) |
対象労働者数 | 6万 4,968 人(同 427 人の減) |
支払われた割増賃金合計額 | 65 億 781 万円(同 4億 7,833 万円の減) |
支払われた割増賃金の平均額 | 1企業当たり 609 万円、労働者 1人当たり 10 万円 |
残業代の未払いは、会社が負っている従業員に対しての賃金支払義務に反する行為であり、民事上の責任はもちろん、悪質な場合には刑事上の責任も生じる可能性があります。
厚生労働省では、未払い残業代の問題をなくすため、「賃金不払残業総合対策要綱」を示して是正・指導を行っていますが、まだまだ解決の途中と言えるでしょう。
労働者一人ひとりが抱え込まず、解決に向けて動いていくことが大切です。
仕事はボランティアではありません。
従って、あなたが使った大切な時間の対価は必ず支払われなければなりません。
この記事で解説した内容が読者の未払い残業代の問題を解決する糸口になれば、筆者として大変嬉しく思います。