【時効は3年!】未払い残業代の請求の起算点や時効の考え方を徹底解説
未払い残業代の時効については、労働者保護と企業の負担増加の観点から議論がなされ、2020年4月の法改正によって延長されました。
ここでは、未払い残業代の請求における時効について、起算点や考え方を解説します。
法的な側面からも説明するので、時効の詳細が気になる方はぜひ参考にしてください。
目次
未払い残業代の時効は3年
未払い残業代は2020年4月の法改正によって、時効(請求できる期間)が3年となりました。
残業代の支払義務は法律上の「強行法規」に当たるため、たとえ当事者間で合意していたとしても、法律が適用されます。
したがって、3年以内に発生していたことさえ証明できれば、未払い残業代を請求できる可能性が高いです。
残業代の時効が成立する例
3年前よりも以前に未払い残業代が発生していた場合、その部分は時効として請求することができません。
従って、請求可能な期間があっても一部が時効となる場合と完全に時効となる場合があります。
- 2022年3月31日に退職済
- 現在は2023年4月1日のため、3年前の2020年4月1日までは請求対象
- 2020年4月1日〜2022年3月31日は請求可能だが、2019年4月1日〜2020年3月31日は時効となり請求不可
- 2018年3月31日に退職済
- 現在は2023年4月1日のため、3年前の2020年4月1日までは請求対象
- 現在から3年以上前に退職しており時効が成立しているため請求不可
残業代の時効が成立しない例
現在から3年前以内にのみ未払い残業代が発生していた場合、すべての未払い残業代を請求できます。
- 現在は2023年4月1日で在職中
- 3年前の2020年4月1日までは請求対象
- 全期間が現在から3年以内に収まっているので、2021年10月1日以降すべての未払い残業代を請求可能
- 2012年3月31日に退職済
- 現在は2023年4月1日のため、3年前の2020年4月1日までは請求対象
- 入社から退職までの期間の未払い残業代を請求可能
時効のカウントを止める方法
未払い残業代の請求では、現在から起算して3年間より前のものは時効となりますが、一方で時効の成立を止める方法も存在します。
時効が迫っている未払い残業代を請求したい場合、これらの方法を検討しましょう。
時効のカウントを中断する
①通常訴訟や労働審判で請求する
通常訴訟や労働審判で残業代を請求した場合、民法第147条1項に基づいて、結果が出るまでは時効を中断することができます。
判決などで未払い残業代の請求が確定した場合、時効のカウントはその時点から新たに開始されます。
(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
第147条次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
引用:e-Gov法令検索 民法
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
② 会社が残業代の請求権を認める
会社が労働者側に対して「未払い残業代を請求する権利がある」と認めた場合、民法第152条1項に基づいて時効を中断し、その時点から新たにカウントし始めることとなります。
ただし、未払い残業代の請求権を認めることは会社にとって基本的にデメリットしかないので、この方法で時効を中断するのは事実上難しいかもしれません。
会社が承認を行った場合は、後から争いにならないためにも書面などの形で承認の証拠を残しておきましょう。
(承認による時効の更新)
第152条時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
引用:e-Gov法令検索 民法
③ 強制執行等が行われる
勝訴判決を得たり、会社との間で裁判上の和解が成立したにもかかわらず、会社側が未払い残業代を支払ってくれない場合、裁判所に申立てて請求を強制的に実現することができます。
これを強制執行といい、強制執行が行われた場合は、民法148条1項に基づいて、結果が出るまでの間時効を中断することができます。
また、時効のカウントは、強制執行終了後から新たにカウントが開始されます。
(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)
第148条次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
引用:e-Gov法令検索 民法
一 強制執行
二 担保権の実行
三 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百九十五条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売
四 民事執行法第百九十六条に規定する財産開示手続又は同法第二百四条に規定する第三者からの情報取得手続
時効のカウントを停止する
① 内容証明郵便を送る
内容証明郵便によって残業代請求をすると、裁判所を通さない形で会社に対して残業代を請求することとなります。
これを催告といい、催告が行われた場合は、民法150条1項に基づいて、6ヶ月間時効を停止することができます。
(催告による時効の完成猶予)
第150条催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
引用:e-Gov法令検索 民法
② 会社と協議を行う旨の合意をする
未払い残業代を請求することについて、会社と協議することを書面で合意した場合、民法151条1項に基づいて所定の期間で時効を停止することができます。
協議の合意を重ねていくことで時効を停止し続けることも可能ですが、通算で5年を超えて時効を停止することはできません。
また、すでに催告を行っている場合、協議の合意によって時効を停止することはできません。
(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
第151条権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
引用:e-Gov法令検索 民法
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
「自分には未払い残業代はない・・・!」と思っていても、未払い残業代は身近に隠れているものです。
これは筆者の経験ですが、以前勤めていた会社は創業100年以上の老舗企業。始業30分前には出社しないといけない雰囲気があり、始業前にはラジオ体操があるという典型的な昔ながらの企業でした。(もちろん、始業時間ぴったりに来る社員は叱責を受けるハメになる)
実はこの時間は、朝残業として残業代が支払われないといけないのですが、社員の誰もが当たり前だと思っていたので残業代を請求している人は誰ひとりとしていませんでした。
このように気づかないうちに未払い残業代が積み重なっていて、累計100万円以上を損していました。
ただ、その事実を知ったのは時効成立後。未払い残業代は本人としては気づくことが難しいものなのです。
未払い残業代の請求方法
会社と直接交渉する
自分で会社と直接交渉する場合、在職中であるか退職後であるかによって有効な方法が違います。
自分にも会社にも負担は少ないですが、それだけに対応は双方のモラルに委ねられてしまいます。
会社に在職している場合
会社に在職中の場合、人事部や直属の上司に連絡を取り、話し合いの場を設けましょう。
会社にコンプライアンスの意識や労働者と向き合う姿勢があれば、未払い残業代について交渉していくことができるでしょう。
会社を退職している場合
すでに会社を退職している場合、内容証明郵便で請求しましょう。
内容証明郵便は前述の通り催告に該当するため、民法150条1項に基づいて時効を6ヶ月間停止することもできます。
会社に内容証明郵便を送付する場合、以下の情報を押さえた書面を作成しましょう。
・日付
・請求先の会社住所・代表者氏名
・請求者の住所・氏名
・文書のタイトル
・未払いの残業代を請求する旨
・支払われない場合は法的措置をとる旨
・いつの残業代の請求なのか
・未払い残業代の請求金額
・未払い残業代の支払い方法
・支払期限
労働基準監督署に相談する
未払い残業代の証拠をもとにすれば、労働基準監督署に労働基準法違反として行政指導を求める申告が可能です。
申告費用も発生しないので、厚生労働省公式ページの所在地一覧から最寄りの労働基準監督署を調べて相談してみましょう。
労働基準監督署とは、事業者に対する監督を主な業務とする厚生労働省の出先機関です。相談の内容によっては事業場に立ち入りも行い、法違反が認められた場合に事業主などに対し是正指導をしてくれます。
行政として対応してくれるため個人よりも交渉力が強く、より適切に請求を進めていくことができます。
令和3年度の是正実績は以下の通り公表されており、相談に対する適切な対応が伺えます。
是正企業数 | 1,069企業うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは115企業 |
対象労働者数 | 6万4,968人 |
支払われた割増賃金合計額 | 65億781万円 |
支払われた割増賃金の平均額 | 1企業当たり609万円、労働者 1人当たり10万円 |
労働審判で請求する
労働審判手続の概要
・労働審判手続は,解雇や給料の不払など,個々の労働者と事業主との間の労働関係のトラブルを,その実情に即し,迅速,適正かつ実効的に解決するための手続です。
・訴訟手続とは異なり非公開の手続です。
出典:労働審判手続 | 裁判所
労働審判とは、労働問題を早期解決させるための特徴を備えた法的手続です。
労働審判は通常訴訟と同じ法的手続きなので、その結果にはもちろん法的効力があります。
ただし、労働審判では早期解決に向けて双方の歩み寄りが求められることもあり、請求額よりも減額された和解案で妥協するかどうか選択を迫られることもあります。労働審判ではなく訴訟により白黒はっきりつけた方が良いこともあるため、一度弁護士に相談することをおすすめします。
なお、労働審判の結果に異議がある場合は、通常訴訟に移行することとなります。
通常訴訟で請求する
通常訴訟とは、個人の間の法的な紛争、主として財産権に関する紛争の解決を求める訴訟です。
通常訴訟で未払い残業代を請求する場合は、以下の両方を合わせて請求することができます。
- 労働基準法上の割増賃金と同額の付加金
- 遅延損害金
客観的証拠が十分にある場合、請求した金額を満額回収できる可能性が高いですが、時間と費用がかかることに加えて敗訴する可能性もあるので注意が必要です。
補足:時効延長に至った経緯
旧法律では、以下のように民法と労働基準法とで時効期間のずれがある状態で、労働者保護と企業の負担増加の観点から時効の延長についての議論がなされてきました。
時効を延長すれば労働者が残業請求をした時により多くのお金を得られますが、企業からするとより長期の勤怠実績を保管しなければならず管理工数が増えてしまいます。
労働政策を考える上でも微妙な判断となるため、議論は長らく平行線となっていました。
時効の延長で具体的な動きがあったのは、2019年12月27日の労働条件分科会です。
そもそも今回の民法一部改正法により短期消滅時効が廃止されたことが労基法上の消滅時効期間等の在り方を検討する契機であり、また、退職後に未払賃金を請求する労働者の権利保護の必要性等も総合的に勘案すると、
・ 賃金請求権の消滅時効期間は、民法一部改正法による使用人の給料を含めた短期消滅時効廃止後の契約上の債権の消滅時効期間とのバランスも踏まえ、5年とする
・ 起算点は、現行の労基法の解釈・運用を踏襲するため、客観的起算点を維持し、これを労基法上明記する
こととすべきである。(中略)
当分の間、現行の労基法第 109 条に規定する記録の保存期間に合わせて3年間の消滅時効期間とすることで、企業の記録保存に係る負担を増加させることなく、未払賃金等に係る一定の労働者保護を図るべきである。
出典:労働条件分科会 | 賃金等請求権の消滅時効の在り方について(報告)
このとき報告された「賃金等請求権の消滅時効の在り方について」で、賃金の請求権の時効を5年間としながらも、企業の負担を軽減するために当面の間は3年とすることが提言されました。
この内容については「労働基準法の一部を改正する法律案要綱」にまとめられ、2020年1月10日の労働政策審議会に諮問されています。
労働基準法の一部を改正する法律案要綱
(中略)
第三 賃金請求権の消滅時効期間の見直し等
賃金(退職手当を除く。)の請求権の消滅時効期間を五年間に延長するとともに、消滅時効の起算点について、請求権を行使することができる時であることを明確化することとすること。
第四 経過措置
第一から第三までによる改正後の労働基準法第百九条及び第百十五条の規定の適用について、労働者名簿等の保存期間、付加金の請求を行うことができる期間及び賃金(退職手当を除く。)の請求権の消滅時効期間は、当分の間、三年間とすることとすること。
第五 施行期日
この法律は、民法の一部を改正する法律の施行の日(令和二年四月一日)から施行すること。
出典:第159回労働政策審議会労働条件分科会 労働基準法の一部を改正する法律案要綱
その結果「要綱については、おおむね妥当と考える。」と結論され、2020年4月の法改正によって民法と労働基準法が以下のように改正されました。
第115条
この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
引用:e-Gov法令検索 労働基準法
第143条
③ 第115条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。
引用:e-Gov法令検索 労働基準法
まとめ:時効がくる前に弁護士に相談しよう
この記事では、未払い残業代の請求における時効について解説してきました。
未払い残業代請求の時効は3年なので、少しでも早く行動するのが大切です。
「請求できる残業代に自分で気づいていない」「交渉が嫌でなかなか請求できない」「請求をどう進めていいかわからない」という理由で、請求しないまま放置している方も少なくないでしょう。
そのような方は、まず弁護士に相談してみましょう。
仕事であなたが使った大切な時間の対価は、必ず支払われなければなりません。
この記事の内容が、あなたの未払い残業代について考えるきっかけになれば幸いです。
未払い残業代の請求についてもっと詳しく知りたい方は、『【未払い残業代を請求したい方へ】必要な証拠と請求手順を弁護士が徹底解説!』を参考にしてください。