【過労死ラインは残業80時間】リスクと会社への対処法とは
働き方改革によって労働環境は改善されつつある一方、業界や会社によっては長時間労働が当たり前になっており、健康被害や過労死を引き起こす可能性があります。
多くの労働者が、自分自身や家族のためにも長時間労働を避けたいと考えており、この記事を読んでいる方もその1人ではないでしょうか。
この記事では、残業の過労死ラインについて説明し、過労死ラインを超える長時間労働のリスクと会社への対処法を解説します。
目次
月80時間を超える残業は「過労死ライン」
まずは、長時間労働と過労死ラインとの関係性について解説していきます。
過労死とは
過労死とは、業務における過重な負荷による脳・心臓疾患や業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする死亡やこれらの疾患のことです。
法的には「過労死等」として以下のように定義されています。
過労死等とは?
過労死等防止対策推進法第2条により、以下のとおり定義づけられています。
出典:厚生労働省 過労死等防止対策
・業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
・業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
・死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害
一般的に過労死と呼ばれているのは、この定義の中で特に死亡に至ったケースです。
過労死の代表例としては、業務における過重な負荷による脳卒中や心筋梗塞で死亡してしまうことが挙げられます。
また、業務における強い心理的負荷によって自殺してしまうケースも過労死に当たります。
長時間労働は業務における過重な負荷の代表的な原因です。
長時間労働によって身体への負荷が増し、心身のバランスを崩してしまうことは、過労死のきっかけになる可能性が高いです。
そのため、国としては「過労死ゼロ」の社会を目指して過労死とその防止に対する理解を促すとともに、働き方改革などによる労働環境の改善に取り組んでいます。
過労死ラインは月80時間の時間外労働が目安
過労死ラインとは、過労死につながる可能性が出てくる時間外労働時間を表す言葉で、月80時間の時間外労働が目安となっています。
つまり一営業日あたり平均4時間程度の残業がある場合は、過労死ラインと呼ばれる労働条件になる可能性が高いです。
月80時間の時間外労働が過労死ラインと呼ばれる根拠は、厚生労働省が2021年9月に改正した脳・心臓疾患の労災認定基準にあります。
これによると、脳血管疾患・心臓疾患を発症した場合、発症前1か月間におおむね100時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められるときは、業務と発症との関連性が強いと評価できます。
このように、死亡リスクのある疾患と時間外労働との関連性の強さは、月80時間の時間外労働が境目とされています。
従って、過労死ラインとしても月80時間の時間外労働が目安とされています。
過労死ラインを超える労働の現状
過労死ラインを超える労働の現状を統計をもとに見てみましょう。
厚生労働省によって全国約14,000事業所に対して行われた令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)によると、1ヶ月間の時間外・休日労働時間数が80 時間を超える労働者がいた事業所の割合は2.5%です。
働き方改革によって労働環境が改善されてきたこともあり、過労死ラインを超える労働は減少傾向にあるものの、未だに行われているのが現状です。
脳・心臓疾患と労働の関係
脳・心臓疾患の発症および増悪の原因は、医学上、単一の原因ではなく種々の原因があるとされており、長い年月をへて発症および増悪するとされています。
脳・心臓疾患の引き金となり得るもののうち主要なものは
- 動脈硬化
- 高血圧
- 高脂血症
- 精神的・肉体的ストレス
- 喫煙・食生活等
であり、このような発症および増悪の原因となるものはリスクファクターと呼ばれています。
過労死研究の第一人者であり、過労死という言葉の生みの親である上畑鉄之丞博士は、これらのリスクファクターと労働との関係について「リスクファクターは、労働のあり方に少しずつ関連しており、たとえば寒冷刺激のもとでの重激な肉体労働は、食生活での塩分の過剰摂取をもたらし、高血圧を悪化させうるし、肉体的負担が少なく、精神的緊張の大きい労働においては逆に食生活の脂肪過多になりやすく、肥満傾向になり、コレステロール値を増加させ、冠動脈硬化を促進させるが、単一の要因がそのまま循環器疾患の進展や悪化に寄与するものではなく、いくつもの要因が複雑に寄与し合い、そのなかに労働を基本とした生活習慣全般が存在し、徐々にさまざまなかたちで老化過程を進行させる」(岡村親宜『過労死と労災補償』, 労働旬報社, 1990, p.36)と分析しています。
このように、過度な労働によって変化した生活が徐々に体への変化を引き起こし、過労死につながる脳・心臓疾患を引き起こすのです。
過労死ラインを超えて働くとどうなるか?
過労死ラインを超えて働くと、労働者の健康に深刻な影響を与えるだけでなく、法律的な問題も引き起こします。
以下では、過労死ラインを超えて働いた場合のリスクや法的な扱いについて説明します。
心身の健康を害し、最悪の場合死に至るリスクがある
これは言うまでもありませんが、過労死ラインを超えて働くと心身の健康を害するリスクがあります。
長時間の無理な労働によって蓄積された肉体的・精神的な疲労が、脳や心臓、精神に多くの負担を与えてしまいます。
食事や睡眠を十分にとることができないため回復もできなくなり、過労状態となった体や心が心筋梗塞や脳出血、急性心不全、自殺といった過労死を招いてしまうのです。
過労死につながる恐れがある脳・心臓疾患、精神障害の前兆となる症状は以下の通りです。
もしこれらの症状が出た場合は、早急に医師に相談して休養をとりましょう。
・片方の手足や顔面がしびれる
・ろれつが回らなくなる
・他人の言葉を理解できなくなる
・立ったり歩いたりできなくなる
・今までにない激しい頭痛がする
・尿量が減る
・むくむ
・息切れする
・食欲低下
・吐き気
・咳が出やすくなる
・気分が沈む
・やる気が出ない
・考えがまとまらない
・人に悪口を言われていると思い込む
・感情の起伏が少なくなる
・集中力がなくなる
労災認定の基準を満たす可能性がある
過労死ラインを超えて働いた場合、労災認定の基準を満たす可能性があります。
労働安全衛生法によれば、労災は「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」と定義されています。
従って、長時間労働によって疲労やストレスを抱え、それが原因で健康被害が発生したと認められる場合は、労災として認められます。
労災認定を受けた場合は、労働基準監督署に備え付けてある請求書を提出することにより、労働基準監督署において必要な調査が行われた後に保険給付が受けられます。
労災認定の可否については、厚生労働省が公開している「脳・心臓疾患の労災認定フローチャート」を参考にすると良いでしょう。
以下の1〜3の認定要件に照らし合わせて、いずれかに該当すると認められる場合は労災として認められます。
認定要件1:長期間の過重業務(発症前おおむね6か月の労働時間)
認定要件2:短期間の過重業務(発症前おおむね1週間の労働時間)
認定要件3:異常な出来事(発症直前から前日)
会社側が違法になる
過労死ラインを超えて働いた実績がある場合、会社側が違法となることがあります。
以下の内容によって違法と認められる場合、事業主に対し損害賠償請求を行うことも可能です。
36協定の上限時間を超える長時間労働
36協定とは、労働基準法第36条に基づいて厚生労働省が策定した労働時間の上限を定めた労使協定のことです。
2019年4月から働き方改革関連法による改正法が順次施行され、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、以下の基準を超えた労働は禁止となりました。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
- 時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1ヶ月当たり80時間以内
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度
これらに違反した労働実績がある場合は、36協定違反となり「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられる可能性があります。
安全配慮義務違反
安全配慮義務とは、労働契約法第5条で定められている、会社が労働者の安全に配慮する義務のことです。
会社は、この安全配慮義務を負っているため、労働者の健康と安全を確保しなければなりません。
過労死ラインを超えた労働は労働者の健康と安全を脅かすものであり、安全配慮義務に違反することになります。
安全配慮義務違反には特別な罰則規定は存在しませんが、会社としては損害賠償や行政措置、社会的信用の低下などのリスクを負う可能性があります。
過労死ラインを超えて働いた場合の対処法
厚生労働省の2020年「毎月勤労統計調査」によると、年間総実労働時間は緩やかな減少傾向にあります。
しかし、依然として過労死や労災による死亡はなくなってはおらず、労働者ひとり1人が以下のポイントを押さえて対処することが大切です。
それぞれの内容を具体的に解説していきます。
労働基準監督署に相談する
過労死ラインを超えて働いた場合は、労働基準監督署に相談すると良いでしょう。
労働基準監督署は労働者の権利を保護するために設置されており、相談することで以下のような効果が期待できます。
・労働条件に関する相談ができる
労働時間のことはもちろん、賃金や解雇、退職金、その他の待遇等についても相談でき、解決や未然防止に向けた情報提供を受けることができます。
・行政指導を求められる
勤務先が労働基準法などに違反している事実について、行政指導を求める申告を行うことができます。
相談の内容によっては事業場に立ち入り、労働条件について確認して法違反が認められた場合には、事業主などに対しその是正を指導してくれます。
(法違反のほとんどは、労働基準監督署の指導等によって是正されています)
・事件性も踏まえて対応してくれる
度重なる指導にもかかわらず法違反の是正が行われない場合など、重大・悪質な事案については、刑事事件として取調べなどの任意捜査や、捜索・差押え、逮捕などの強制捜査を行い、検察庁に送検してくれます。
過労死ラインを超える長時間労働は、労働者の健康を害するだけでなく、生産性の低下やワークライフバランスの悪化など会社にとっても悪影響を与えます。
そのため、労働時間や休日の取得に関する法律に基づき、労働条件の改善を求めることが重要です。
労働基準監督署に相談することで、健康的な労働環境を確保することができます。
過労死ラインを超えて働いている場合は、ぜひ一度相談してみることをおすすめします。
弁護士に相談する
過労死ラインを超えて働いた場合は、弁護士に相談することも重要です。
弁護士に相談することで、以下のような効果が期待できます。
・適切なアドバイスを受けられる
弁護士は法律の専門家であり、過労死ラインを超える長時間労働を防ぐための法的手段を知ることができます。
労働基準法には過重労働に対する規制があり、実際に法令違反が行われている場合もあるため、法律に基づいた適切なアドバイスは重要です。
・未払いの残業代を請求できる可能性がある
過労死ラインを超えて従業員が働いている会社では、残業代の未払いが発生していることも多いです。
弁護士に相談して請求を行うことで、未払いの残業代を支払ってもらえる可能性があります。
・法的に会社の責任を追及できる可能性がある
弁護士に相談した上で、法令違反が行われていると認められる場合は、会社の責任を法的に追求することができます。
安全配慮義務違反による損害賠償請求など、違反の内容に基づいて訴訟を起こすことができます。
「働き方はおかしいけど、具体的にどうおかしいのか分からない」というような悩みがあれば、一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
産業医に相談する
過労死ラインを超えて働いた場合は、産業医に相談することも重要です。
産業医は、会社内で働く従業員の健康管理や、労働災害の予防、労働環境の改善などを担当する医師です。
産業医に相談することで、以下のような効果が期待できます。
・適切なアドバイスや指導を受けられる
従業員の健康管理を専門にしているため、適切なアドバイスや指導を受けることができます。
例えば、長時間労働による健康被害の予防策や、適切な休息方法などを教えてもらうことができます。
・健康診断などを受けることができる
産業医に相談すると、定期的な健康診断や、労働環境に適した適性検査を受けることができます。
これにより、健康状態の把握や早期発見が可能となり、適切な対応ができます。
・職場の環境改善を求めることができる
会社の健康管理や労働災害の予防などを担当しているため、職場の環境改善を求めることができます。
例えば、労働時間の見直しや、休憩時間の確保、業務負荷の軽減など、長時間労働を防ぐための具体的な改善策を提案することができます。
退職する
過労死ラインを超えて働いた場合、職場を退職するのが最も直接的な対処方法と言えるでしょう。
仕事を辞めると言い出しにくい…。
同僚に迷惑をかけたくない…。
退職を言い出しにくい理由は挙げるとキリがありませんが、「退職するという選択肢がある」と思うだけでも気持ちは楽になるものです。
退職したいのに自分では言い出しにくい場合は、退職代行を利用するのも有効でしょう。
退職代行を行うと、依頼者に代わって代行業者が会社とやりとりしてくれるので、上長からの脅迫や嫌がらせなど、会社とのトラブルに巻き込まれるリスクを最小限に抑えることができます。
また、弁護士資格を持つ退職代行者に依頼することで、万が一会社側から損害賠償を請求された場合でも対応ができます。
まとめ
この記事では、残業の過労死ラインについて説明し、過労死ラインを超える長時間労働のリスクと会社への対処法もあわせてご紹介してきました。
・月80時間を超える残業は「過労死ライン」
・過労死ラインを超えて働くとどうなるか?
・過労死ラインを超えて働いた場合の対処法
「過労死」という言葉が脳裏をよぎるほどの長時間労働は、肉体的・精神的に非常に無理な働き方です。
ご説明してきた通り法的にも違法な働き方であり、早急に対応して早くご自身の体を休ませてあげる必要があります。
この記事が無理な働き方で悩まれている方々の助けに少しでもなれば幸いです。
サービス残業の違法性について知りたい方は、『【サービス残業は違法!?】違法性を弁護士が徹底解説』を参考にしてください。